第一章 野蛮人の転生(3)

 その瞬間、飄々としたシドにれたジーザが動いた。

 古妖精語で何事かを叫びながら剣を振りかざし、疾風のようにシドへと斬りかかる。

 上段フォムタークからの鋭い左斜め斬り落としだ。

 シドが余裕で反応し、体をさばいてそれをけるが──

「──ッ!」

 ぱっ! と上がる飛沫しぶき

 斬撃は完璧に外したはずなのに、シドの胸部が斜めに刻まれていた。

「シドきょう!?」

「はっはーっ! ざまぁねえなぁ──ッ!?」

 アルヴィンの悲痛な悲鳴と、ジーザの嘲笑が上がる。

 そして──

「ひゃはははははははははははははは──ッ!? 行くぜ、おい!?」

 ジーザの猛攻が、始まった。

 斬り上げ、ぎ払い、巻き打つ──嵐のようにシドを攻めたてる。

 稲妻がひらめくような斬撃の切っ先を、しかし、シドは寸先の見切りで的確に回避する。

 だが──

 ぱっ! ぱぱっ!

 なぜか、シドの身体は刻まれ、次々とけっが上がっていく。

「どうしたどうしたぁ!? ひゃははははははは──ッ!?」

「──ッ!?」

 旋風のようにジーザの剣がうなること、十すうせん

 剣舞の円の途切れに、シドが跳び下がってジーザから間合いを取り、アルヴィンの真横まで戻って来る。

「し、シド卿……ッ!」

「…………」

 不安げなアルヴィンの目には、全身を斬り刻まれ、あっという間にざんな姿と化したシドの姿が映っていた。

 そんなシドへ、ジーザは勝ち誇ったように言った。

「ハ! 弱すぎんな、おまえ。そんなんで伝説のシド名乗ったってのかぁ?」

 そんな嘲弄に応じず、シドは言った。

「……なるほど。お前のその剣……妖精剣か?」

「ご名答ぉ……」

 シドの指摘に、ジーザがニタリと笑って応じた。

 そしてまがまがしく波打つ刀身を持つ剣を見せつける。その刀身からは、真っ黒な闇がにじみ出ており、まるで水滴のようにしたたり落ちていた。

「黒の妖精剣《粗暴》。そして、黒の妖精魔法【えいじん】──影から生み出した刃を超高速で飛ばし、間合いの外を斬ったってわけさぁ。俺がその気になりゃあ……」

 ぶんっ! とジーザが無造作に剣を振るう。

 すると、ばしゃっ! 地面を黒い線が延々と走ってシドのかたわらをぎり、そのはるか後方まで一直線に斬痕を刻んだ。

「この間合いから、てめぇの首をね飛ばすのもわけねえってこった」

 ジーザの言葉を聞いたアルヴィンはがくぜんとした。

(くっ、この夜闇の中じゃ、影の刃なんてほぼ不可視……なんていう妖精魔法ッ!?)

 この世界の騎士は、皆、妖精剣と呼ばれる特殊な武具を持っている。

 それは、この世界の万物に宿るという妖精達が化身した剣。使い手の身体能力や自己治癒能力を増幅し、その妖精がそれぞれつかさどる〝概念〟を操る力を持つ。

 そして、その力こそが妖精魔法。騎士は己の妖精剣を介して、妖精魔法を行使することができる。騎士が並の戦士とは一線を画す戦闘能力を持つ大きな所以ゆえんだ。

(あの男が振るう妖精魔法の威力から察するに、あの剣の剣格は相当に高いはず……)

 アルヴィンはジーザの剣を見据えながら物思う。

(妖精剣には、妖精剣でしか対抗できない……でも、シド卿は伝説時代、最強とうたわれた騎士……その剣だって、とても強力なもののはず……ッ!)

 伝説時代最強と謳われた騎士の振るう剣だ。

 さぞかし高い剣格を誇る、恐るべき最強の妖精剣に違いない。

 そして、それさえあれば、ジーザに対抗できる──アルヴィンはそう思った。

「シド卿! かつて、あなたが振るった妖精剣を!」

 アルヴィンは、シドの背中をすがるように見つめながら、必死に叫んだ。

「騎士と妖精剣は一心同体です! その名を呼べば、剣は空間を超えて、あなたの前に姿を現すはず! さぁ、早くあなたの剣をんでください! そうすれば──」

 だが、シドはすっとぼけたように返した。

「妖精剣? 俺にそんなもん、必要ない」

「……は?」

 思わず絶句するアルヴィンの前で、シドは切り刻まれた外套マントを、悠々と脱ぎ捨てる。

 そして、シドはアルヴィンの腰へ手を伸ばす。そこにってあった、アルヴィンの予備短剣を引き抜き、片手でくるくる弄び始める。

「今はこいつで充分さ」

「な……ッ!?」

 そんなシドの奇行に、アルヴィンが必死にシドへ取り縋ってえる。

「ちょっ……それは何の力もない、ただの短剣ですよ!?」

「知ってる。だから、コレがいい」

「じょ、冗談はやめてください! 早く妖精剣を! じゃないと殺されますよ!?」

 だが、シドは本気でその小さな短剣で戦うつもりらしい。一向に、妖精剣を喚ぶこともなく、短剣をだらりと手に提げ、悠然とジーザを見据えるだけだ。

「ま、まさか……本気……ですか……?」

 当然、アルヴィンは開いた口が塞がらず……

「ぎゃははははははははははははははは──ッ!?」

 戦場に、ジーザの高笑いが響き渡った。

「お前、それ何のだよ!? 妖精剣に、ただの短剣で立ち向かうようなアホが、あの伝説に名高き〝シド〟を名乗ったってのか!? ぎゃははははははは──ッ!」

「…………」

 そんな嘲笑を、シドは黙って受け入れるしかない。

「……あ、あああ……ッ!?」

 そして、アルヴィンは、今、激しい後悔に襲われていた。

(甘かった……のぼせてた……ッ! 伝説のシド卿さえ喚べれば、なんとかなる……そう思い込んでいた……ッ! そう思いたかったんだ……ッ!)

 伝説時代最強と謳われた騎士、シド卿。

 だが、その実体は、騎士同士の戦いの常識すらない、三流騎士だったのである。

(信じられない……妖精剣に、ただの短剣で立ち向かうなんて! こんな頭おかしい人がシド卿……? しょせん伝説は、伝説に過ぎなかったの……ッ!?)

 王家に伝わるシド卿の伝説──子供の頃からの憧れで、判断を誤ってしまった。

 やはり、過去の人間に縋るべきではなかった。静かに眠らせておくべきだった。

 アルヴィンがひたすら後悔していると──

 ぽん。アルヴィンの頭に、優しく置かれる手。

 くしゃくしゃ。アルヴィンの髪を、優しくでる感触。

「……シド卿……?」

 見上げれば、シドが不敵な笑みを浮かべて、アルヴィンの頭を撫でていたのだ。

 そして、こう言った。

「〝騎士は真実のみを語る〟。……言ったろう? 守ってやるってな」

「……え? あ……」

 あっに取られるアルヴィンを尻目に、シドが再び前へ出る。

 不思議だった。シドは妖精剣持ちの騎士を、ただの短剣で相手取るという無謀極まりないことをしようとしているのに。

 自分を守るその背中を……アルヴィンはとてつもなく大きく感じるのであった。

「しかしまぁ、悪かった。俺としたことが、お前を不安にさせてしまったらしい」

「えっ?」

「どうも、今の俺の肉体……らしくてな。転生復活の影響かね? 筋力も弱いし、身体からだを巡るマナもえらく貧弱だ。おかげでイメージの俺の動きと、現実の俺の動きが、いまいちみ合わなくてな」

 そして、目をしばたたかせるアルヴィンの前で、シドはこう宣言した。

「だが、問題ない。……

「慣れた……? 一体、何を言って……ッ!?」

 アルヴィンの問いに答えず、シドがジーザへ向かって短剣を構える。

 すると、さすがのジーザも、謎の余裕を見せつけるシドにいらったのだろう。

「ちっ……さすがにそろそろ笑えねえ。……ったく、勘違いのが、一端の騎士気取りでのぼせやがって……」

 そう吐き捨てたジーザの存在感と圧力が、次の瞬間、さらにふくれ上がった。

 壮絶な殺気がその全身から吹き荒れ、シドとアルヴィンにたたき付けられる。

うそ!? あの男、今までですら、本気じゃなかったの!?)

 びりびりと震える肌が示すその恐るべき事実に、アルヴィンが真っ青になって──

「地獄を教えてやらぁあああああああああああ──ッ!」

 刹那、ジーザが剣を振るい、影の刃を放つ。

 この闇の中ではほぼ不可視のそれが、シドの首を目掛けて高速で飛ぶ。

「……ぁ」

 次の瞬間、空を舞い地に転がるのは、シドの首。

 アルヴィンは、そんな最悪の未来を確信していたが……目の前に展開されたのは、あまりにも予想外過ぎる光景であった。

「ぎゃあああああああああああああああ──ッ!?」

 吹き飛ばされ、ごろんごろんと縦回転で無様に転がっていく、ジーザの姿。

「……え?」

 思わず、ほうけたようなつぶやきを上げてしまうアルヴィン。

 そして──

「…………」

 そこにあったのは、いつの間にかジーザの間合いの内側へと入り、短剣を振り抜き、ぴたりと残心しているシドの姿。

 その威風堂々たる様は、まるでそうごんな騎士絵画の一シーンのように美しかった。

「ガハーッ! げほ、ごほっ! て、てめぇ……今、何をしたぁ……ッ!?」

 を吐きながら、ジーザがふらふらと立ち上がる。

短剣コイツの腹で、お前をブッ叩いただけなんだが?」

 なんでそんなことを聞くんだ? とばかりにシドがぼやく。

「バカな……ッ! お前、いつの間に俺の間合いの内側に入った!? 俺の剣は完全にお前の間合いの外側から攻撃したのに……ッ!?」

「や。あんなに何のひねりもなく飛ばされたら、目をつぶっててもかわせるし」

「……は……?」

「お前……どうせ、まだ剣握りたての従騎士スクワイアかなんかだろ? 妖精剣を手にして、イキってるようだが、生兵法はの元だぜ? 死ぬ前にさっさと降参しな」

 そのシドの言葉は、挑発や侮蔑の色がまったくない、ただの忠告だったが……

「や、野郎ぉ……ッ!? 誰が従騎士スクワイアだ、ふざけやがってぇ……ッ!?」

 それは、ジーザの自尊心を深く傷つけるには充分であった。

「くたばれぇやぁあああああああああああああああ──っ!」

 ジーザが地を蹴って、シドへ突進する。

 シドの頭を唐竹割りしてやろうと、上段フォムタークから猛然と剣を振り下ろして──

「ふ──ッ!」

 だが、シドはひょいと間合いを盗み、ひょいと短剣でジーザの剣をそらし、そのままジーザの顔を、短剣の腹で鋭く打ち据える。

「ぎゃ!?」

 ずしん。短剣から伝わるすさまじく重い衝撃に、ジーザが悲鳴を上げてけ反る。

 信じられない威力だ。あんな軽く小さな短剣で、どうやってあの威力を?

「──さぁて、行くぜ?」

 そして──今度はシドから動いた。

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