23(`・⊝・´ ) recit : 9 神の御名において祝福を(1)

ギルドは騒がしかった。


どのくらい騒がしいかといえば「動物たちを収容する小屋の中」と同じだ。教育隊では訓練や実験で様々な動物──例えば犬猫はむろん、ゴリラやトラなどを扱うわけだが彼らの飼育場はいつも喧騒に満ちていた。


まったくもって意外にして珍妙、けれどぼくは頭を抱えていた。


「ミッシェル、キミってやつは」


人間にも非常に賢い個体がいると校長先生から伺ったことがある。ぼくはその忠告を失念していた。


ギルドオーナーの女!


「ミッシェルは賢いねぇ、こんな短期間で芸を覚えるとは思わなかったよ。そうやって客を楽しませるんだ。今夜は仔ウサギのレアステーキを振る舞ってあげるからね。頑張んな」


「わんッ!」


壁際のテーブル。窓からの明かりがスポットライトのように照らす一角。


「あのワンちゃん、かわいい」


家族連れの少女が手を叩いて喜んでいる。


そう、ワンちゃんだ。


後ろ脚二本で立ち上がり、前脚をぶらぶらさせながら右へ左へ。まるでダンスを踊るように一回転ターン……しかも、だ。


「やっぱりスカートが似合うわぁ」


エプロン女が用意した小さな布を腰に巻かれた眷属けんぞくミッシェルが、くるくる回るたびスカートはひらひら風に踊った。


拍手喝采。スタンディングオベーション。なんなのだ、これは──


「わんッ!」


ミッシェルが満更でもない顔で、頻繁にぼくへ視線を投げるのも気に入らない。


「オーナー・アデール。いったいどこでこんな芸達者を拾ってきたんだい」


商人風の初老の客が、ギルドオーナーの女に声をかけた。


「最近雇い入れた、そこのフランソワ・ヴィドックの飼い犬だよ。しばらく、うちで面倒を見ることになった」


アデールと呼ばれたギルドオーナーは眉毛一つ動かすこと無く、ぶっきらぼうに返答した。


「そうかあ、キミの犬か」


客のほうから愛想良くぼくに話しかけてきた。相手をしてやろう。


「フランソワ・ヴィドックと言います。あの子はミッシェルです。失踪した父を探してこの街へ来ました。父の名はエリック・ヴィドックです。教師をしていました」


「そうなのかい。まだ幼いのになんて賢いんだ。お父さんの事は、おじさんも皆へ聞いてあげようね。早く会えるといいねぇ……ぐすっ」


鼻詰まりだろうか。目もわずらっているのか充血していて、ぽろぽろ涙を流していた。他者の心配をする前に、早く医者に診てもらったほうが良いだろう。


「すごいねぇ、ギルドのランチ客がどんどん増えているよ」


エプロン女がぼくの耳元で囁いた。


この街の人間は娯楽に飢えていたのだろう。ミッシェルの評判は人が人を呼んで大盛況だ。




ここ泥樹でじゅは、かつてはワイン用のブドウ産地で有名だったそうだ。けれど自然に頼った一次産業の憐れか、近年の天候不良続きで毎年不作。わずか5年で人口が半分に減ったらしい。


「つまり半分は出て行かないんだな」


巴里の都心エリアから遠く離れた不于的ぶるごーにゅ地方。田舎なりの良さは認めるが、観光でたまに来るのとは違う。こんな何もない場所に居残り続ける理由は何だろうか。人間の心理はいまだ分からないことだらけだ。




「ジュリア、はやく料理を運びな。今日はお喋りを楽しむ余裕は無いよ」


オーナー・アデールが声をあげると、ジュリアと呼ばれたエプロン女は「はいっ」と焦った。


正式名称はジュリア・ジョコンド。このラテン系の黒髪女は夜になるたび、ギルドの二階に借りたぼくの部屋へ勝手に押し入って来る。


人間は「餌だ」と認識していたはずのミッシェルは、残り物のウインナーソーセージをもらって毎夜ご機嫌だった。


それで彼女を襲わず、むしろ餌付けに毒された子犬のように従順になってしまった。誇り高い眷属が人間の女に籠絡ろうらくされるなんて想像すらしなかったよ。


夜のジュリアは昼間より饒舌だった。キッチンでくすねたアルコールを接種していることが理由だ。大脳は血流が麻痺して興奮状態に陥っていた。


『愚かな人間は、自らの躰を破壊する衝撃に身を委ねて快楽を貪る』


校長先生に聞いたときは信じられなかったが事実だった。


昨夜は、聞いても無いのに羅馬ローマ塵溜ごみための中で生まれ育った思い出を語り始めた。


もっともスキルで探ったときに見えた、あの深層心理の底に刻まれた詳細な記録じゃない。廃棄物の仕分けや稼ぎに関する退屈な内容だ。


両親が死んだので巴里へ出稼ぎに行ったそうだ。花の都の裏の顔、下水道の暗渠に潜って食い扶持を稼ぐ過酷な日々が続いた。そこへ新規に事業を立ち上げるため従業員を探していたアデールに拾われた。


なるほど、それまで存在しなかった地方都市での職業斡旋所と軽食レストランの複合施設『ギルド』のアイデアはオーナー・アデール……アデール・M・バレーヌの思いつきか。やはり切れ者の才媛なのだな、警戒を怠らないようにしよう。




「さて、と」


チップの山に埋もれそうになりながら、いまだ健気に踊る我が眷属に視線を戻す。


うん、健気というか、ノリノリだな。



「ワワンッ!」



だが、その一声はそれまでの自己アピールとは違った。



今度は外が騒がしい。


それは金属の擦れる奇声と禍々しさ。重みをもった足音が集団で一直線に駆けてくる。ギルド内の賑やかさとは別物の鋭い殺気だ。


「イスカリオテ!」


怒鳴り声とともにギルドの重いドアは勢いよく開かれた。乱入してきたのは甲冑に身を包んだ騎士の集団。


街の入り口に立っていた、あの警備兵と同じ姿だ。それが数十人という規模で狭い入り口へ雪崩なだれれ込む。


道化どうけを演じていたミッシェルも戦闘体制へと動きを変え、ぼくの横に並んだ。スカートは履いたままだったが。


「なんだ?」


呟いた次の瞬間、騎士団の一人が投槍を放った。


ぼくの視線は、手を離れて宙空を舞う投槍から、それが目指すだろう目的地を割り出す。窓側のテーブルを蹴り上げるように立ち上がる金髪男が目に入った。


「「「イスカリオテッ、地獄へ堕ちろ!」」」


騎士団の全員が一斉に叫ぶ!


金髪男が逃げようとした、その後頭部に投槍は見事命中した。


「あぁぁぁッ!」


真っ赤な血飛沫が噴き上げ周囲を染める。金髪男の絶叫がギルドに伝染した。


「うわぁぁぁッ!」


安穏とした雰囲気は急展開。入り口から突入してきた騎士団から逃げるように、人々は裏口へ殺到する。


「全員、そこを動くな!」


他より黒光りした鎧を纏う一人が中心から進み出た。他の騎士が膝を折って頭を垂れる。リーダー格の人物のようだ。


「イスカリオテの溜まり場になっていると通報が入った。既に一名は特定済みだ」


そう言い放ち、床の上で真っ赤になって絶命する金髪男を顎で指した。


「神に逆らう愚行は見過ごせません」


リーダー格の後ろから背の低い年寄りが歩み出る。頭からフードを被っているが、両目は獲物を物色するトカゲのようにギラついていた。


「生きとし生けるもの全ては神に仕えし信徒なり。神のために存在し、神のために行動する。ゆえに背教者はその肉の一片たりとも生きることは許されない」


「クロード神父まで御同伴とは、こんな田舎街のギルドに難癖つけるには豪華絢爛じゃないか」


厨房に籠もっていたアデールが女傑オーナーの顔で現れた。


「オーナー・アデール、嫌疑けんぎを晴らすため協力してもらえるか」


リーダー騎士が紳士を装う。


「久しぶりだね、シュヴァリエ。あたしのギルドがどうしたっていうんだい」


「このギルドが暴力革命を標榜するイスカリオテの密会に利用されていると通報が入ったのだ。・アデールの普段の尽力には騎士団も感謝しているが、こちらも宮仕えの身だ」


「嫌味かい?」


「とんでもない、本心だ。こちらのギルドから騎士団に入隊した者も……」


後ろを振り返りながら「たくさんいる」


「そうじゃないよ」


「なにか?」


「あたしは生娘きむすめじゃ無い。旦那だんな三行半みくだりはんを突きつけられた女寡おんなやもめだよ」


「失礼した。ギルドオーナー、アデール・M・バレーヌ」


「そこで床を汚した男を、ちゃんと連行してくれよ。ここは墓地はかじゃない、ギルドだ。それと、床の掃除はあんたらでやるんだ。あたしは綺麗好きなんだよ」


「了解した。こちらの願いも聞いてもらえるという事だな」


「ジュリア、このむさ苦しい客の注文を受けてやりな。それからヴィドック、あんたは他の客を落ち着かせて椅子に座らせるんだ。出来るね」


「うん、わかったよ。ミッシェルも一緒でいい?」


「もちろん、構わないさ」


「おいで、ミッシェル」


ぼくは素直な子供を演じながら事の成り行きを観察することにした。

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