5(`・⊝・´ )recite:1 ペンギンと呼ばれる者たち──追憶

哲学者カントの「人間が理解しうる真理のみが真理である」とした『人間真理』をヒトが取りうる限り本物は見えない。


カントは言う「真理とは人間によって規定されるものである」と……



まさに神をも愚弄する世迷言だ。此奴こやつはよほど頭が悪かったか、あるいはルシファーの使徒しとだったのかもしれない。


これによりヒトから神の姿が見えなくなった。ヒトにとっての悪夢はニーチェとかいうプロセインのヴィブリオマニアが吐いた世迷言ではなく、カントだ。


哲学の流れを変え、それまでの神秘主義を捨て去ることがリアリズムだと、全てにおいて勘違いさせた元凶。


カントの罪は重い。



「だが諸君、これは我々にとって福音ふくいんだよ」


校長先生は教壇に立ってにんまりわらった。


ひとりひとりを──水槽の前で直立不動になって耳を傾ける裸のままの『ペンギン』たちを──ジッとみつめてから話を続ける。


「我々こそが『神なる力』だとヒトは気づいていない。逃げ隠れしてなどいないよ、むしろ逆だ。堂々と連中の前に現れてやっても、怪物だの、妖怪だのと、貧困な発想で見当違いなことを喚き散らすばかり。まったく、この無能さには呆れを通り越して哀れみを感じる」


校長は宙空を見上げながら、溜め息をつく。


ペンギンたちは――おおよそ百匹程度だろうか、ほとんどがペニスの存在しない躰――無垢な少女たちは呼吸音すら発てることなく壇上へ視線を注視していた。


巨大な水槽があるだけの薄ら寒い部屋で彼らは産まれたままの姿だが、寒さに震えるものなど一匹たりともいない。


「さあ、諸君。はじめよう」


それは精鋭の兵士にも似た集団だ。裸の集団だ。


校長の右手があがるのを合図し全匹が一斉に床を踏みならす。


素足のままリズミカルに。軽やかに。逞しく。熱く。


「うおぉぉぉぉぉぉ……!」


はじめて声をあげた。


声変わり前の子供の声だ。全匹が一斉に。


部屋が騒音で満たされ、音圧で揺れる。


「さあ、諸君。恩寵おんちょうときが来たぞ」


「解放のときだ、粛正しゅくせいときだ!」


「ヒトはオーディンのもと幸せに管理されるのだ」


「解放だ、粛正だ!」


「そして今宵こよいの祝杯は君へ捧げよう」


集団のなか、一匹だけが指名された。その個体だけが下腹部の又の間に小さな突起を生やしている。


「さあ希望を述べよ、何処へ行きたいか」


金髪碧眼きんぱつへきがんの白い躰のもとへ、燕尾服が到着した。


皆の手渡しで届けられたそれに柔肌を包むと、両手を胸元で結んで恍惚こうこつの表情を浮かべた。


「花の都巴里パリへ」

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