第9話
「……何か、聞こえませんか?」
いつものように『
何かの音が、断続的に店の方から聞こえて来るのだった。
「……ん? 気の所為だろ」
僕の言葉に、薄く目蓋を開けた
「そう……ですか? ほら、今だって、また」
脳を直接震わせるような奇妙な低いその音は、長く続いては途絶えるを繰り返していた。
「……外に、いつもの猫でもいるんじゃねぇの?」
猫? そのような媚びを含んだような艶のある鳴き声ではない。ましてやこれが喉を鳴らす音だとしても、こんなに大きな音で鳴らす猫などいやしない。
そう……これは。
タブレットを椅子の上に置き、立ち上がる僕に
「ねぇ
「……ハハハッ。
しかし
「店の周りを見てから開け放したままの扉を閉めてきますよ。扉が開いていても閉まっていても、少ないお客さんの出入りは変わりないでしょうからね」
「……ふッ。
「飲み過ぎなんですよ」
昨夜、
冷んやりと薄暗い店内に、さっと目を走らせてみたが動くものは見当たらない。
続いて件の猫が隠れていそうな赤絵唐子絵火鉢の中や、飾り棚、茶箪笥を見て回ったが姿は無いようだった。
やはり、店の外なのだろうか。
そもそも、あれは猫の鳴き声なのか。
ほら、また聞こえる。
片側だけ開け放してある扉から、何の気無しに外へ出ようとして左眼が異様なモノを捉えた。
頭の無い、血塗れのあの男が道を挟んだ向こう側に、ぬっと立っているのである。
途端、僕の耳に聞こえる音の正体が分かった。
「……呻き声」
寸胴鍋の中にある男の頭が、ごろごろと粘液の混じる低い声で、何やら言葉にならない音を発しているのだ。
おそらく。
だが、本当に?
蓋を開け、確かめてみたい。
恐ろしさに相反するこの好奇心は、どうしたものだろう。否、恐ろしいからこそ確かめずには居られないのかもしれない。
気の所為であるとの確信が欲しいのか、其れとも恐怖に呑まれるあの、ぞくりとする感覚にさえ人は、快感を見出だしているからなのかは分からないが、怖いモノほど近寄ってみたくなるのだから後者に違いない。
だが今はそれよりも、あの男が道を渡り、この開け放した朱色の扉を潜り店の中に入って来るのは、間もなくのように思える。
それが何を引き起こすか分からない不安に慌てて扉を閉めると、
「
最初、煩わしげに眉を顰めていた
「……あの頭の無い男が、店の中に入ろうとしているみたいなんですが、それって自分の頭を探しているんですよね? まさか扉を開けて」
「入っては来ないだろうな」
やけにきっぱりと、そう言い切った
「気づいていたか? この店の扉が朱色に塗られているのが何故か。魔除けの意味があるからだよ。昔から曰くありげな品物を扱っているにも拘らず、この店の中で、お前の左眼がこれまで大したモノを視ていないのもそこに理由があると俺は思ってる……まあ、それだけじゃないだろうが……この店は、どうも少し変わってるみたいだからな」
「つまり……?」
「
そうだ。『
「まさか……招き入れるつもりじゃないですよね?」
店の方へ向かって歩き出した
また、呻き声が聞こえた。
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