第9話 結婚相談所に拉致される

 ある日、仕事が終わって家に帰ると、自分の部屋に結婚相談所の資料が置いてあった。母親に「何これ」と尋ねると、親が1人で相談所に行って、自分の代わりに説明を聞きに行ったのだという。


「相談所の人、最初はお母さんが入会希望者だと思ってたみたい。入るのは息子なんですって話したら笑われちゃった」


 ……何故そこまで先走ってしまうのか? 一体何から話し合えばいいのか、思わず頭を抱えてしまった。資料を一応見てみると、大手の結婚相談所ではなく、近所で個人がやっている斡旋所のような所だった。何度も刷り直したような白黒印刷のチラシを見て、若い人はほとんどいないだろうことを察した。


「昔はどこでも、結婚適齢期の人を仲介するのが趣味みたいな、世話好きのおばちゃんがいたんだけどねえ。でもまあ、地元の相談所なら近くに住んでる人も多くて安心でしょ。あんたここに行きなさい」


 ジェネレーションギャップというのを感じずにはいられなかった。こんな、入会者が何人いるかも分からないような、超ローカルコミュニティに入るメリットはあるのか? いざ婚活するとなれば、知り合いとばったり会うことなどもある程度は想定してたけど、わざわざ最寄りの相談所に行って行動が近所にバレるのも困る。


 親に勧められた相談所へ行くことは拒否した。けれども、やっぱり親は折れてくれず、何か食べ物を買ってやるから相談所の建物くらいは見に行こうと頼んできた。食べ物で釣るのもいい加減にしてほしいと思ったものの、外観くらいは見ないと親の気が収まりそうになかったので、次の休日に見に行くことにした。


 休日になり、早速連れて行かれた近所の結婚相談所は、塗装が剥げたボロボロの民家だった。若い人は絶対来ないと確信した。40歳くらいの人が来てるんじゃないか。どうせなら、なるべく同年代の会員数が多い所に行きたいのだけど。


「せめてさ、どういう年齢層の人が多いのか今度聞いてみてよ。今なら相談所もネットで色々見つかるし、若い人はもう少し有名な所に行く人が多いと思うから」


 親としても、自分がここで渋るようなら無理に入会させる気はないようだった。帰宅してから、自分が気になっていた年齢層の情報について、電話で聞いたというので教えてくれた。


「相談所に聞いてみたけど、若い人はあまりいないみたい。40歳くらいの人が来てるんだって。若い人はみんなネットなのかしらね~」


 そら見たことかと思った。自分はため息交じりに自室に籠った。今日は精神的に疲れたので、後はもう家でゴロゴロしていよう。



 ――横になってしばらくスマホを見ていると、あまり聞きなれないニュースが飛び交っていることに気付いた。なんでも、中国で発生したという新型コロナウイルスが、あっという間に中国全土に広まりつつあるらしい。武漢という所では都市封鎖もされているようだ。


 このウイルス、日本にも入ってくるのかな。いや多分、入ってくるだろう。どうするんだこれ……。



<つづく>

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