第8話 トイレ

 家のトイレ。

 そこはわたしが家で一番落ち着ける空間。


 こんなことを言うと変な人に思われそうだが、遠からず近からずそうなのだから仕方がない。


 そこは狭い空間、窓はあるが景色は見えない。

 あるのは芳香剤と、季節をイメージしたお気に入りの小さな置物たち。


 コロナ禍で家族全員が家にいる時間が増えた。

 常に誰かいる。

 気配がする。

 これが地味にわたしのストレスになっている。


 なぜストレスかというと、わたしはずっと絶え間なく同じ空間に他者がいると神経が休まらない。

 それは家族であってもだ。

 必ず1日のうち5分でもいい、誰も出入りしない空間で過ごす一人時間がないと息苦しくなってしまうのだ。


 だからこそ安らげるのはトイレなのである。


 カギをかけても不審がられる事もなく、

 安心してホッと一息つける場所。


 そんなわたしの唯一の憩いの空間に、時に子どもという横やりが入ることがある。


「おかあさーん!どこにいるの?」


 今扉を閉めたばかりのタイミングで

 たった数秒姿を消しただけで、監視カメラの如く子どもからの呼び出しがかかる。


 これ、結構な確率でこうなる。

 事前にトイレに行くことを伝えていてもだ。


 そのとき私は心の中で思う。


「トイレくらいゆっくりさせてくれよ…」


 そのまま聞こえないフリをしていると、

 今度はトイレのドアノブをガチャガチャしてきやがる。

(子どもに対して汚い言葉遣いで申し訳ない。心の声だと思って大目にみてほしい。)


 そしてこの監視カメラ現象、なぜか大人である相方も同じことをしてきやがるのだ。


 相方の場合、呑気な声で

「どこにいるの〜?お〜い、嫁ちゃ〜ん」

 と。


 当然聞いてくる相手は大人なので容赦なく

 イラッとした気持ちを込め、トイレの中からわたしはこう言う。


「今トイレだよ!」


 すると相方はアホな返事を返してくる。

「どこか行っちゃったかと思ったー。」


 当然この返事に対して、わたしは無視である。


 そしてそのあと心の中で、必ず決まった独り言を言ってしまう。


 ここは豪邸か!?

 どこか行っちゃったっていう発想、

 どっからくるんだよ…

 家の中にいるでしょうよ。

 お前は幼児なのか…?

 トイレくらい静かに入らせてくれよ…

 と。

 


 結構な確率でこうなる。

 そうなると余計に、わたしは家にいても

 トイレでさえ一人にしてもらえないのか。

 ゆっくりホッとさせてもらえないのか。

 と拘束された人の気持ちになる。


 わたしにとってトイレは、

 インスピレーションが湧きやすい場所だったりする。

 悩んでいたことの答えがひらめくことも多い。

 おそらく家の中でトイレが一番余計な物もなくシンプルな空間だからこそ、考え事をするのに向いているのかもしれない。

 雑念が入らないのかもしれない。


 だからこそ、邪魔をしないでほしい…

 と日頃思うのである。

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