第27話
「知ってはいるだろうな」
事も無げに、フィルは答えました。
かつん、かつんと、反響する足音が、やけに大きく聞こえます。
「だが、俺たちがここから忍び込むとは、思っていないはずだ」
「どうして……ですか? 私が『聖剣』を抜いて元の世界へ帰ってしまえば、あの王様は困るのでは?」
「奴は俺の目的が、王位の簒奪だと思っているからだ」
やがて階段の下まで辿り着き、石壁の続く先を、フィルの持つ発光ジェムが照らし出します。
並んで歩くには、些か幅の狭い通路でした。
待ち伏せをされていたとしたら、逃げられないだろうなと思います。
ただ、こんな場所で待ち伏せをするのには、相当の忍耐力が要りそうですが……。少なくとも、私は嫌です。
「お前を他の貴族たち、特に教会の『原理派』、それと『新説主義派』の連中に見せびらかしたのには、奴にそう思わせるためでもある」
「はぁ……」
また、分かりづらい説明でした。
……ええと、多分『新説主義派』というのは、以前フィルの言っていた、『王族の始祖は聖女と獣人の子孫』という説を唱えている人たち、なのでしょうか?
そうなると、フィルも『新説主義派』なのですかね? 何だか他人事のような語り口ですが。
「派閥によって、聖女の扱いは違ってくる。だがまあ、奴はその中でも、徹底した獣人至上主義者だ。獣人のような身体能力を持たない『聖女』とは劣った存在であり、ただの『道具』であると考えている」
「……確かにまあ、そんな感じでしたね」
王様や、その周りの獣人たちの態度を思い出し、もやっとした気分になります。
そりゃまあ、運動はできたほうがいいに決まっています。
ですが、それを理由に社会的な立場で威張られてしまう事には、首を傾げざるを得ません。
私が元居た世界とは常識が違う。と言われてしまえばそれまでですが……。
「それゆえ、奴の信奉者には武闘派の獣人族が多い。トラやライオン、犬獣人だと、大型の者だな。……小型の獣の特徴を持つ獣人族も下についてはいるが、それは力で押さえつけられた結果として、付き従っているだけの場合が多い。腹の底では、何を考えているかは分からん」
……小型というと、ネズミの大臣とかでしょうか?
彼は私がライオンの王様に反論をすると、いつも顔を真っ赤にして怒っていましたが、そこにも何か複雑な感情があったのでしょうか?
自分は言い返せないのに、私のような『弱い生き物』が、ライオンの王様に言い返せるのはムカツク……とか?
なんだか、あまり想像しないほうが精神衛生上よさそうですね。
「そして、奴の事を内心では良く思っていない連中もいる。力で押さえつけるやり方には、当然反発が伴うからな。……もちろんそういう連中とて、『力』を振りかざすのが嫌いなわけではない。むしろ好き好んでいるとすらいえるだろう。ただ、振りかざしたい『力の種類』が違うだけだ。……舞踏会で話しかけてきた『協力者』たちは、そういった手合いの者たちだ」
「……ええっと、はぁ、まあ、はい」
抽象的な話が続き、前方に、また階段が見えてきました。
あれを上ると、お城のどこかに出られるのでしょう。……本当に、待ち伏せされてたりしませんよね?
「……それで結局、どうしてフィルが王位を奪おうとしていると、私が帰ったりしないと、あの王様は思うのですか?」
「うん? いや、今説明しただろう?」
「フィルの説明は回りくどすぎます」
「そ、そうか……」
尋ねると、階段の上を照らしていたジェムをこちらへ向けて、フィルは困ったような顔をしました。
それから緩くかぶりを振って、
「そういう連中を俺が纏め上げて、正当な手段で王位を奪おうと企んでいると、あの男は考えているだろう。……そのためには旗頭として、聖女の存在が必要不可欠となる」
そう、不機嫌そうな顔で言いました。
……というか、あまりこちらに直接ジェムを向けないでほしいです。眩しいので。
「私が必要……? ええっと、『魔力の淀み』は、関係ない話に聞こえましたけど……」
「……お前な。本当に話を聞いていたのか?」
「聞いてましたよ」
ムッとして言い返すと、フィルは溜息を吐き出します。
「つまり、獣人族の『人』の部分、すなわち知を司っている部分……まあ、平たく言えばだ」
この階段を上れば、もはや後戻りはできません。
全てが終われば、私はもう、彼ら獣人たちとは二度と関わる事はないでしょう。
そう、どこか冷めた頭で考えながらも、私は続くフィルの言葉に驚きました。
「獣人たちに『王権』という知識を与えたのは、かつての『聖女』だという事だ」
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