第26話

 床下に潜り込むと、フィルが手を差し伸べているのが見えます。

 私は這うようにして、そちらへ向かいました。ドレスの裾が、凄く邪魔です。


「行くぞ。頭を上げるなよ」


「――っ」


 ぐいっと引っ張られ、庭園のほうへと連れ込まれました。

 なんというか今さらですが、ここまでする必要はあるのですかね? 普通に扉から出たらダメなのですか。


 手を引かれたときに頭を打ちそうになったのもあり、私は半眼でフィルを睨み付けました。

 フィルが耳配せ(と言ったらいいのでしょうか)した方角を見ると、お城の兵士さんたちが、遠くで馬車を見ています。

 彼らの目を欺くために必要という事なのでしょう。結構、無茶だと思いますが。


 この辺り、やっぱり基準が獣人族なのだなぁと思います。やり方が忍者じみています。


「こっちだ」


「速いです、もう少しゆっくり、」


「止まれ。……よし、行くぞ」


「もうっ!」


 兵士さんたちの目を避けて、庭園の中を進みます。

 奥へ進むほど、緑の壁のような生垣が増え、周囲の様子はまるで迷路のようになっていきました。


 庭園を見下ろすバルコニーが見えなくなったあたりで、やっとフィルは私の手を離しました。

 彼が背筋を伸ばしたので、私も屈めていた姿勢を戻します。緊張もあり、短い時間で結構疲れました。

 ダンスの練習をしていなかったら、運動不足で付いて来れなかったかもしれません。


「……ここだ」


「ここ、ですか? 何も無いように見えますが」


「少し待て、確か、この辺りに……」


 庭園の中すらも抜けて、私とフィルは城の裏手側のような位置へと辿り着きました。

 フィルが屈みこみ、草原をわさわさと探っています。


 私はまるで泥棒の片棒を担がされているような気分で、辺りの様子を窺いました。

 しんと静まり返った夜の闇が、私たちを包み込んでいます。

 先ほどまで参加していたはずの舞踏会の喧騒は、遥か昔の出来事のように思えました。


「あったぞ。これで……」


 ぶつぶつと呟きながら、フィルが地面を持ち上げます。

 カモフラージュのための草が植わっている蓋が退けられると、地面にはぽっかりと深い穴が開いていました。

 覗き込むと、真っ暗な中へ階段が続いているのが薄っすら見えます。

 平時なら、絶対に入りたくないような空間でした。


「……なんだか、秘密の入り口みたいですね」


「みたい、ではなくそれそのものだ。まあ、秘密の『出口』といったほうが正しいのだろうが」


 気を紛らわすためだけに述べた私の感想に、フィルが律義に返事をしました。

 彼はポケットから小さな石を取り出すと、そのままさっさと穴の中へ入って行ってしまいます。


 ふわりと、青白い光が暗闇を照らし出しました。

 あの石は『発光ジェム』というそうです。懐中電灯のようなものですね。動力は電気ではなく魔力ですが。


 付いていかないわけにもいかないので、私も恐る恐る、階段へと足を踏み入れました。


 

 フィルの持つ灯りがあるとはいえ、穴の中は奥のほうまでは見通せません。

 まるで切り取られた闇の中、私たちと石階段だけが浮かび上がっているような光景でした。


 空気はじっとりと湿っており、淀んでいるのを感じます。

 履いている靴の踵が高いので、進むのがとても怖いです。


「……ここは城が攻め込まれたときに、王族が逃げるための隠し通路の一つだ」


 私にペースを合わせてか、ゆっくりと階段を下りながら、フィルがぽつりと言いました。

 踏み外さないよう足元に注意をしながら「そうなんですね……」と相槌を打ってから、私はふと気になって彼に問いかけます。


「……それって、あのライオンの王様も、知っていたりしないのですか?」

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