第25話

 その後も張り詰めるような空気のなか、私たちはいくつかの嫌味をお土産に賜り、退散する事と相成りました。


 結局のところ王様の、「招待した覚えはない」という言葉に従った形です。

 フィルはちゃんと、招待状を持っているのですけどね。王様の発言は絶対だという事でしょう。


 獣人の騎士たちに見送られ、私たちが馬車に乗り込むと、遠巻きに見ていた貴族の方々はがっかりした顔をしました。

 まるで、これから幕の上がるはずであったオペラの舞台が、席に着いた途端公演中止になったような表情です。


 とはいえ、あの場で彼らの望む『劇』の幕を上げてしまえば、私たちは反逆罪で即座に掴まっていたと思います。そのために、王様は私たちを挑発したのでしょうし。


「……あの王妃様が、フィルのお母様なのですか?」


「……そうだ。だが今は話す必要はない。無意味だからだ」


 他の貴族の馬車と比べると、よりいっそうシンプルに見えるフィルの馬車に乗り込みながら、私はふと尋ねました。

 私が言外に訊きたかった事を読み取った様子で、フィルは吐き捨てるように答えました。


 やっぱりフィルのお母様は、あのライオンの王様の『番』にいるようです。


 そしてもしかすると、というか多分確実に、フィルとあの王様は血が繋がっていないのだと思います。


 フィルのお父様は、死んでしまったのでしょうか……?

 尋ねようかどうか迷っていると、フィルが急にしゃがみ込んで、鋭い目つきで私の顔を見上げました。


 狭い馬車の中なので、手を伸ばせば黒い猫耳が、ちょうど触りやすい位置です。

 無意識に撫でようとしてしまう前に、フィルが口を開きました。


「何してる? もう少し足を引っ込めろ」


 座席の上に足を上げると、ばかん、と、馬車の床が開かれます。

 取り外した蓋を窓際に立て掛け、フィルは御者台側に向かって声をかけました。


「今から出る。……もう少しスピードを落としてくれ。ユイには難しいかもしれん」


「15秒後に一旦停止しましょう。お気をつけて」


「ああ」


 バートンさんからの返答が聞こえ、彼の操る馬車がゆっくりと、進む速度を緩めていくのを感じます。

 きっかり15秒後、床下から見える石畳がぴたりと止まり、フィルは私に告げました。


「行くぞ。作戦開始だ」


 そして、馬車の床に開いた穴へと、するりと身を滑らせました。

 ほとんど転がるようにして、床下から外へとフィルが出ていきます。


 ……というか、私はこの方法も聞いていなかったのですけど、逡巡する時間もありませんかね?

 どう考えても、ドレス姿でやる行動じゃありませんよ。

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