第24話
そちらを見ると、ライオンの王様がフィルを見据えておりました。
フィルが、ゆっくりと振り返ります。
「……これはこれは国王陛下。ご拝謁、恐悦至極に存じます」
「ふん。見え透いた世辞だ」
胸元に手を当ててフィルが浅く頭を下げると、王様は不機嫌そうにひらりと片手を振りました。
周囲を見回し、偉そうな態度で(まあ、実際偉いのですが)言い放ちます。
「よい。楽にせよ」
気が付くと、周りの貴族の方々は、皆焦った様子で頭を下げておりました。
跪いている方もいますし、反応が遅れたせいか、中途半端な姿勢で固まっている方もおりました。
どうやら王様は、壇上から降りて一直線に、フィルのところへやって来たようでした。
彼は私をじろりと見据え、口の端をぴくりと持ち上げました。
「ハロウズ侯の次は、この男か。耳無し尾無しの『聖女』とやらは、よほど男に取り入るのが上手いらしい」
「…………」
「……ふん」
私が何も言い返さないのを見て、王様は浮かべていた嘲りの表情を、不機嫌そうに歪めます。
フィルの尻尾が私の腕をさらりと撫で、私は張り付けたような微笑みを浮かべたまま、すっと後ろへ退がりました。
入れ替わるように、フィルが私の前へ出ます。
『何も語らず、微笑んでただ立っていろ。余計な事は言うな。そして不用心に頷くな』
フィルに言われていた言葉です。
ここで私が王様に対し、何か言い返していたとしたら、フィルの立場は危うくなっていたと思います。
王様もきっと、それを見越して私を挑発したのでしょう。
残念でした。私はそんなに馬鹿じゃありませんよ。
……と、そう思う事で作り笑いを維持しながら、ふと私は周りの空気が、剣呑な雰囲気を漂わせているのに気が付きました。
陳腐な言い方になりますが、殺気、とでもいうのでしょうか?
一部の獣人の方々が、とてもピリピリしているのが、ただの人間の私でも分かるくらいに伝わってきます。
「……お戯れを。私と『聖女ユイ様』は、そのような間柄ではございませんよ。ただ、『聖女様』からの『信頼』については、この私めは彼女から賜りましたがね」
「ほう。だがお前は城から追放した身だ。たとえ『雑種の子』をその耳無しに産ませたとて、我が王位を簒奪できるとは思わぬ事だな」
「……ええ。わきまえております」
ムカッと来ました。……が、それはフィルも同じだと思います。我慢します。
でもこの王様、ひとの事を『耳無し』なんて呼ぶわりに、フィルの話がちゃんと聞こえていないのですかね?
そういう間柄じゃないって、しっかり言っているのに、返しの言葉がおかしいです。……ああ、頭が悪いのですね。きっと。
……正直いって、喉元まで言葉が出かかりましたが、作り笑顔に力をこめて、私はじっと黙り込みました。
澄ました顔のフィルも実は我慢をしているのが、何となく伝わってきたからです。
最近はずっと、夜間に会話していたせいでしょうか。
私はフィルの言いたい事が、だいたい想像できました。
おそらくは、「簒奪者はお前だろうが。婿王の分際が借り物の玉座を自慢げに語るな」あたりでしょうか。
そして王様に何かを言いたいのは、私とフィルだけではないのだと思います。
ピリピリとした空気は、いまだ私たちを取り巻いていました。
当の王様は気付いているのかいないのか、フィルの肩越しに私を見据えて口を開きました。
「この者に懐くのは結構だがな。ハロウズ侯爵夫妻への祝福は、しっかり務めてもらうぞ。聖女」
「……そこに拘るという事は、彼の侯爵殿は、宗旨替えをしたようですね?」
「ふん。あの者も『真実の愛』に目覚めた事で、くだらぬ幻想から覚めたのだろうよ」
「……左様で」
割り込むようにフィルが尋ね、王様は勝ち誇るように答えます。
私はフィルの尻尾が揺れるのを見ながら、どうにか無の心境で、王様の言葉を聞き流しました。
ここまでは、予定通りのはずです。
彼の黒い猫尻尾の揺れ方から、それが分かります。
もうすぐ私たちは、作戦を決行するでしょう。
……そうしたら私は、もうこの世界の獣人たちとは、二度と会う事はないはずでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます