第8話

「リカルド!? どうしてここにっ!?」


 ミーシャが叫びます。リカルド様は、彼女をキッと睨み付けました。


「きみが城の騎士たちを連れてユイのところへ行ったと聞いて、急いで駆け付けたんだ!」


「まあ! それはどうして?」


「どうしてって……」


 リカルド様は急に、何か後ろめたい事でもあるかのように目を泳がせました。

 嫌な予感に、胸が苦しくなってきます。


 彼が駆け付けてきてくれた瞬間、少しでも嬉しいと思ってしまった私は、きっと愚かだったのでしょう。

 やっぱり、この二人が一緒にいるところなど、見たくはなかった……。


「……きみが、ユイに何かするんじゃないかと……」


「まあ! 酷いわっ!」


 わっと、ミーシャは顔を両手で覆い隠して泣き始めました。

 いかにもわざとらしい仕草ですが、リカルド様はうろたえて、彼女の腰を抱き寄せます。


『運命の番』とはこういったものだと、私は知っていたはずでした。

 侍女の方からも、王様からも、リカルド様自身からも、そう聞いていたはずでした。


 ……でもやっぱり、この光景は見るに堪えないものがあります。


「すまない。きみを傷付けるつもりはなかったんだ。でも、ユイには爪も牙もない。こんなことは……」


「私が叩かれたのよっ! リカルド!! それを何とも思わないって言うのっ!?」


「いや、そんなことは……」


「あなたはこんなカラスみたいな醜い黒髪の、耳も尻尾もない、ハゲ猿女のほうが私より大事だって……私の事は愛していないって、そう言うのね!」


「そんな事はない!」


 リカルド様は、大きな声で断言しました。

 目を見開いた私には、彼は気付かない様子でした。


「そんな事はないよ、ミーシャ。僕はきみを愛している。きみを悲しませるつもりなんか、なかったんだ。どうか許しておくれ……」


「ひどい。ひどいわ。リカルド。ならどうしてこんな、こんなひどい事を……」


 泣きながら、ミーシャはリカルド様に体をすり寄せました。

 リカルド様は、そんな彼女を愛しげに抱きすくめます。


 ちらりと、ミーシャの目が私のほうを向きました。

 彼女の口元は、笑っていました。


「出て行って……」


 手枷を嵌められ、革手袋を付けられながら、私はリカルド様に言いました。

 彼はもう、私の知っている彼ではないのだと、ハッキリと認識させられました。……させられて、しまいました。


 もしかするとミーシャ・フェリーネは、こうなる事も分かっていたのかもしれません。

 これを私に見せつけるために、彼女はわざと、彼がここに来るように仕向けたのかもしれません。

 そんな風に思えるほど、目の前の光景は酷い茶番でした。


 ……ただただ、不快です。

 絶望より先に、怒りが私の心を支配しました。


 頭のどこかが冷めていて、あとで後悔するんだろうなと、私は冷静に考えていました。

 後で泣くのも分かっていました。今泣くのは、嫌でした。


 私は二人をキッと睨み付け、もう一度、できるだけ毅然とした態度で言い放ちました。


「出て行ってください!」

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