瓜の話

 「どうです、見事な筆使いでしょう?」

 長者は応信和尚を自分の居室に招き入れると、まず床の絵を自慢した。

「何しろ内裏の絵所に勤める絵師の作ですからな」

それは墨一色の流麗な線で描かれた、蔓と花の形から想像するに、瓢箪か瓜の絵のようであった。

「蔓と花だけでは何の絵か分かりかねますな」と和尚が言うと、「瓜でしょうか?」と長者が答えた。

 それから彼はその画幅を入手するにつき、かなりな財を要したことをしたり顔で語った。

 黙って聞いていた和尚は、

「そういえば、こういう瓜の話を聞いたことがありますな」

そう言って次のような話をした。

夏の暑い盛りのころ、大和あたりから京へ瓜を運ぶ下衆の一行が木の下で休んでおった。馬五頭につけた籠をみな下ろし、荷の瓜を食べなどして渇きを癒していた。そこへ粗末な単衣に腰紐、顎に白い髭を生やしたよぼよぼの翁が現れると、

「喉が渇いて仕方ないで、ひとつ恵んでくれんかな?」と頼んだ。

 下衆どもは胡散臭げに翁を見ると、

「これはみな京におわす人の物で、我らのではないのだ。誠に気の毒に思うが堪えてくれ」と心にもない言い訳をして、へらへらと笑った。

 すると翁は、

「誠に不人情なやつばらだて。老人は大事にするものじゃ。呉れぬなら、儂が自分で作って食べるまでだ」と憤慨してそう言った。

 下衆どもは、馬鹿なことを言う年寄りだと笑い合っていたが、翁が傍の地面を棒で掘り出すと、みなそれを注視し始めた。畑のつもりらしいとは分かったが、とても正気の沙汰には思えなかった。

翁は一尋四方の地面を掘り起こした後、香炉のようなものを取り出して薄い煙を立て始めたが、それは人を夢心地にするような不思議な香りのする煙であった。そうしておいて下衆どもの食い散らした瓜の種を拾うと、掘り起こした土の中へ丁寧に埋めた。

酔狂な年寄りだと下衆どもが笑い続けている間に、土の中から出てくるものがあった。緑の双葉である。下衆どもの顔色が変わって誰も口を利かない。この翁は神さまなのか、そう思うのも無理はなかった。

その双葉は見る間に大きくなり、蔓を伸ばし葉を茂らせた。やがて花が咲いたが、それが萎れると瓜が姿を現し、みるみる大きくなって旨そうな匂いを辺りに放ち始めたのである。

あっけに取られた下衆どもが、目を剥いたまま動けないでいると、

「どれ食べるとするか。お前たちも遠慮しなくていいぞ。儂はけち臭いことは言わんでな」と翁が笑って言った。

 そう言われて下衆どもが食べてみると、自分たちの自慢の瓜に負けない味だった。

「これは旨い、間違いなく一級品ぞ」

 瓜はそこら一面、食べきれないほど生っていて、翁は通行人や旅人にも与えたので、暑さに喉の渇いた人々は彼に感謝の言葉を忘れなかった。

「世の中は持ちつ持たれつ、助け合いの心が大事ですからな」

 翁はそう言って笑っていたが、いつの間にか何処かへ行ってしまった。

 やがてさしも大量の瓜も食べつくされ、下衆どもは休息の満足を覚えつつ出立することになった。ところが馬に載せようとして、籠の中身が消えているのに気づいたのである。呆然たるまま下衆どもは立ちすくんでいたが、当然ながら翁の姿はどこにも見出されなかった。そして瓜の畑も掘り返しただけの元の地面に戻っていた。

 下衆どもは、その時になって翁の「目くらましの術」に掛かったことを知ったが、どうすることも出来ず、すごすごと国へ帰って行ったという。


「わずかの瓜を惜しんだために、かえって全てを失ってしまったということですな」と長者が思案深げに感想を述べた。

「そういうことですかな」

 和尚は澄ました顔で茶を飲むと、しばらくして帰って行った。

 翌日、長者が何気なく床の画幅に目をやると、丸々とした瓜がひとつ蔓からぶら下がっていたのである。

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