第9話 それが前世


 敵国の捕虜を逃がした事により、私自身がスパイではないかと疑われた。それはそうだろう。そう思われても仕方がない。

 だけど私はそうじゃない。ただリノを助けたかっただけ。


 口を割らせようと、今度は私が拷問を受ける事になった。これも覚悟していた。いたぶられ、なぶられ、それでも口を割らない私に苛立った上層部の者は、女が最も侮辱に値する事を課してきた。


 エドガーを始め、顔見知りの兵士、上官、同期の仲間や後輩騎士にいたるまで。私を彼等に凌辱させたのだ。

 何人もの男が私の体を弄ぶ。それは痛め付けられるよりも苦しく辛く、悲しい事だった。殺される方がマシだと何度も思った。


 それでも口を割らない私は顔を半分焼かれた。松明の炎を目の前にして脅しても私が何も言わなかったから、それに苛立った上官がそうした。その時に片眼が見えなくなった。


 だけど私は殺されなかった。なぜなら、私はシェリトス王国では名を上げた剣豪。『ブラッディ・ローズ』の二つ名を持つ、魔法剣士のアンジェリーヌだったから。


 まだ戦争中だ。この国はまだ私が必要なんだ。だから殺されなった。


 長かった髪は短く切られた。これで薔薇を髪に挿すこともできなくなった。だけどこんな目に合っても、私はリノを逃がした事を後悔はしていなかった。

 

 私のただ一つの恋だった。始めての恋。そしてきっと、二度とすることのない恋。


 あれからどれぐらいの時間が過ぎたのか。何日経ったのか。そんな事も分からなくなる程の月日が経ったのか。日々の拷問で一日の流れも分からなくなっていた私に出兵命令がくだった。


 こんな体にされても、疑いが晴れなくても、私は戦場に行かなければならない。


 また人を殺す。私がこんな目に合っているのは、今までしてきた事の罰。多くの人を殺してきた罰。


 だからリノ、自分のせいだなんて思わないでね。お願いだから自分を責めないで……


 焼かれた顔を隠すように仮面とヘルムを装着する。まだ焼かれた顔はズキズキと痛む。体も至るところが痛い。それでも平気なふりをして私は戦場へと向かう。


 私を凌辱したかつての仲間達は申し訳なさそうに私を見るけど、その視線に気づかない振りをする。貴方達は命令でそうしただけ。だから仕方がなかったの。だけどされた事を忘れる事はできない。だから目なんて合わせてやらない。


 強がって平気なふりして、私は戦場へと向かった。


 いつものように馬に乗って敵を蹴散らしていく。これが私の役目。そして罪。だから罰を受けた。そしてまた人を殺すと言う罪を犯す。その繰り返し。終わりがないように思えてくる。こんな体にされても、結局私は殺人兵器なんだ。ただ人を殺すための道具でしかない。


 次々に向かってくる敵を薙ぎ払うように、魔法で剣で蹴散らしていく。いつの間にか涙が溢れてきた。良かった。仮面でそれが分からない。良かった。


 馬で駆け巡り、敵陣営に乗り込むように進んでいく。ここで死んだって構わない。なんなら、ここで死ねる方が幸せかも知れない。そんなふうに思いながらも敵を斬り伏せていく。


 こちらに向かってくる人物がいる。


 指揮官だ。アイツを斬り倒せば、この戦場は我が国シェリトス王国の勝利となる。


 お互い馬で駆け寄って剣を構える。


 近くになって気づく。



 指揮官は……リノだった……



 またこうやって駆り出されてしまったの? どうしてゆっくり休めなかったの? 怪我はもう大丈夫? 私の馬はどうなったの? 元気にしてる? でも、ちゃんとウェルス国まで帰れたんだね。良かった。無事で本当に良かった。


 アッシュブロンドの髪はやっぱり綺麗。今日はよく晴れているから、髪が光を浴びてキラキラしてるね。その瞳も陽の下では明るい藍色になるんだよね。それが夕暮れ時の空みたいで、いつも綺麗だなって思ってたの。


 だから、あぁ……どうかそんな怖い顔をして私を睨まないで……


 こんな時なのに、私はそんな事ばかり考えていた。リノ、会えて良かった。ずっと会いたかった。私の大好きな人。一度もそれは言えなかったけれど。


 剣が交差する。


 私の剣はリノの肩口を軽く擦った。


 そしてリノの剣は私の胸を貫いていた。


 

「リ、ノ……」



 小さく一声、そう呼べた。



「え……サラ、サ……?」



 恐る恐る、と言ったように私を呼ぶ声。


 耐えきれずリノの肩に顔を落とす。リノは何かを叫んでる。なに? よく聞こえない。


 リノはこんなところで死なないでね。ちゃんと好きな人と結婚して家庭を作って、幸せに暮らして一生を終えてね。それが私の願いなの。


 リノが私の仮面を取った。驚いた顔をしている。ごめん、気持ち悪いよね。顔半分焼けただれているんだもの。

 

 リノに私の魔力をあげる。こんな事しかできないけれど、私の一部を貰って欲しいの。


 だから口づけた。唇から私の魔力を注いでいった。ありったけの魔力と想いを乗せて、この力がずっとリノを守りますようにって。

 ごめんね、こんな気持ち悪い顔をしてるのに口づけちゃって。


 でもね、これが私のファーストキスだったんだよ。せめてこれだけは捧げたかったの。


 唇を離して、何とか笑おうとする。

 

 私、ちゃんと笑えてたかな。


 あぁ、だけどリノ、どうか……どうか自分を責めないで……私は今、凄く幸せなんだから……


 最後に会えて、リノに触れられて、リノの手で私を終わらせて貰えて、本当に嬉しいんだからね。それを伝えたいのに声が出てこない。


 ありがとう、リノ


 ありがとう


 私の好きだった人……


 私の大好きな大好きな人……





 それが私の前世だった。


 


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