第10話 魔力なし


 何の因果か、私は前世の記憶を持って生まれてきた。そしてまた孤児だった。


 前世の孤児院と違って、今世の孤児院は酷いものだった。名前はなくて番号呼び。私は87番。ハナって読めるでしょ? だから自分ではハナって言ってた。


 だけどヴィル様に名前を聞かれた時に、ハナとは言えなかった。だって、それは私の名前じゃないから。それは与えられた番号だもの。


 だから何も答えなかった。そうしたらヴィル様は私を『サラサ』って呼んだ。

 まだ忘れてなかったの? 早く忘れちゃえば良いのに。そう思ったけれど嬉しくて。覚えてくれていた事が嬉しくて。


 初めてヴィル様を見た時は本当に驚いた。凄く似た人がいるんだと思った。だけど従者の人がヴィルヘルム様って呼んでいたのを聞いて、信じられない気持ちになった。


 だからどうなっているのか気になって、ヴィル様に連れて行ってと懇願した。このままゴミを漁るだけの生活なのも嫌だったし。


 そうしてヴィル様がリノだった事を知る。あれからヴィル様は死ねないで、あの頃の姿のまま変わる事なく生き続けてる。

 もしかしたら、それは私が死ぬ前に魔力を渡しちゃったからかな。あの時、何かがゴッソリ抜けたように感じたけれど、魔力以外の何かもあげちゃったのかな。

 

 だから今の私は魔力なし。この世界ではほぼ存在しない魔力なしとして生まれてきた。


 私の魔力はヴィル様がその身に留めている。ヴィル様が統治するこの辺境の地は平和。だからこのままずっとヴィル様が生きていけばいいと思う。


 私が……アンジェリーヌが死んでからもヴィル様は隣国シェリトス王国と戦い、そして勝利を重ねた。今は戦争が終結し、シェリトス王国とここ、ウェルス国は友好関係にある。


 だけど隣国の剣豪だった『ブラッディ・ローズ』の脅威は語り継がれている。隣国と最も近いこの辺境の地では特に、『ブラッディ・ローズ』の深紅の髪色と真っ黒な瞳の色は忌み嫌われるものとされた。

 うん、仕方ないよね。私はそれだけの事をしてきたんだから。

 

 でも、たまたまその容姿で生まれてきた関係のない人が、それが理由で差別されちゃうのは申し訳ないなぁって思う。本当にごめんなさい。謝っても許される事ではないだろうけど。


 長い夢を見たような感覚がなかなか抜け出さないままに、私はベッドに突っ伏した状態で目覚めた。

 

 昨日の夜、垣間見たのはエヴェリーナ様の告白。自分をアンジェリーヌの生まれ変わりだと言った。そんな訳ないんだけどな。だってそれは私だもの。


 でも、ちょっと待って? この記憶があるだけで、本当にエヴェリーナ様がアンジェリーヌなんじゃない? 私はただ記憶を持ってるだけとかじゃない?


 ってそんな訳ないか。分かんない。前世の記憶があるって事が可笑しい事なんだもの。普通じゃないよね。


 でももしエヴェリーナ様が嘘を吐いてたとしら、エヴェリーナ様はアンジェリーヌとヴィル様の関係性をどうやって知ったのかな。

 んー……まぁどうでも良いか。考えても分かん

ないし。


 嘘を吐いてでも、エヴェリーナ様はヴィル様と結婚したいって事だよね? それだけ好きって事だよね?


 でもヴィル様はそれで幸せになれるのかな。ずっと傍に自分が手にかけてしまったアンジェリーヌがいて、ヴィル様は懺悔の気持ちに苛まれないかな。

 だから言えなかった。自分がアンジェリーヌだって。前世でもサラサだったって。


 そしてこれからも言うつもりはない。早く忘れて欲しいもの。本音を言えば忘れて欲しくなんかないよ? でも、それじゃヴィル様は自分で不幸の道を選んでしまうもの。

 いつまでも過去に囚われてちゃいけないんだよ。


  こうやって傍にいられる今が幸せ。自分の言いたい事を、想いを何の躊躇もなく言えるって素敵だよね。今の私に課せられた事は何もないもの。気楽なもんだよ。うん。


 早くヴィル様にも私と同じように気楽に生きて欲しいんだけどなぁ。


 そんな事を考えてたら、もう起きる時間はとっくに過ぎていた。慌ててすぐに起き上がろうとしたけれど、体が重くてなかなか起き上がれない。おかしいな。

 早く起きて仕事をしなといけないのに。


 頭がクラクラして力が入らない。あれ? この感覚って……


 そうだ、思い出した! 魔力切れの感覚だ! 今魔力はないけど、この感覚は覚えてる!


 でも元々魔力がないのに、それで体が動かないって、どういう事よ、これ? 


 どうするかなぁ。魔力のある人だったら休んでたら戻るんだけど、元々ないから休んだところで回復しようがない。

 

 そうか。魔力は成長するに従って増えていく。うん、体力と同じだね。魔力は魔法を使う為だけにあるんじゃない。体を維持させる為にも使われている。それは全身を巡る血液のように。

 だから魔力のない私は、自分の体を維持させるのが困難になっているって事になるのかな。


 えー、もう、面倒だなぁー。


 前まで問題なかったじゃん。そりゃあ成長したよ? 体も大きくなってきたよ? 胸はあんまりだけどさ。人並みにもう少しで届くくらいには育ってきたよ? でも、だからってこんな仕打ち……


 元気だけが取り柄なのに、動けなくなった私を誰が必要とするの? 誰もいないよ、きっと。

 だからこんな所で寝てなんかいられない。早くどうにかしないと。と思っても、体は思うように動いてくれない。嫌だな。どうしようかな。


 そんなふうに身悶えていると、扉がノックされて、ヘレンさんが扉の隙間から顔を覗かせてきた。



 「サラサちゃん、体調悪いの? 起きてこないから心配で……」


「あ、ヘレンさん、おはようございます」


「おはよう。って、サラサちゃん、どうしたの?! 起きれないの?!」


「ごめん、ちょっと手を貸して欲しいんだけど……」



 私がベッドに突っ伏した状態で動かないのを見て、心配しながらヘレンさんは駆け寄ってくれた。

 ヘレンさんに手伝って貰って、どうにか体を起こす事ができた。



「どうしたの? 何処か悪いの?」


「えっと、そうじゃなくて……あ、髪色が戻ってるからヘレンさん、お願いします!」


「気にするとこ、そこ?!」



 私には魔力がない。自分では魔法で髪色は変えられない。だからいつもヘレンさんにお願いしている。朝起きて一番にヘレンさんの部屋に行き、ヘレンさんを起こすと同時に髪色を魔法で変えて貰っていたの。

 それが毎日の日課で、だから私が来ないのをヘレンさんは気にして部屋を訪ねたみたい。


 ヘレンさんに魔法をかけて貰って、髪色はいつものように黒くなった。そして体も軽くなった。

 すごい。魔法を自分にかけてもらうとさっきまでの魔力切れの症状がなくなった。



「ありがとう、ヘレンさん! お陰で体も軽くなったよ!」


「え? それはどういう事なの?」


「んー。えっと……多分なんだけど……」



 私は自分に起こっている現象をヘレンさんに話した。本当は誰にも言いたくなかったんだけど、こんな状態を見られてしまったのと、魔法をかけて貰ったら回復した事が分かったから、これからも同じようになったらヘレンさんに手助けして貰いたいっていうのもあったから。


 ヘレンさんは驚きつつ、困ったような感じで私を見てくる。申し訳ないなぁって素直に思う。



「じゃあ、サラサちゃんは魔法を誰にもかけて貰えなかったらどうなるの?」


「えっと……それは……」


「この事はちゃんとご主人様に報告した方がいいわ。何か対策を練ってくださるかも……」


「ダメ! それは止めて!」


「どうして? 知って貰っておいた方が良いに決まってるでしょ?」


「えっと、ご迷惑をお掛けしたくないの。元気な私でいたいの。だからお願い! この事は誰にも言わないで! 特にヴィル様には! 絶対に!」


「サラサちゃん……」


「あ、もしかしたら魔草があれば大丈夫かも!」


「魔草? 魔力を回復させる、あれ?」


「そう! 魔草で作った魔力回復薬であれば、魔法をかけて貰ったようになるんじゃないかな?!」


「でもあれ、凄く高額よ?」


「うん、知ってる。けど、試してみる。ヘレンさんに迷惑ばかり掛けられないし」


「私は構わないんだけど……」


「私が嫌なの! それでも頼っちゃうと思うんだけど」


「えぇ、それは任せて! 魔法をサラサちゃんにかけるくらい、私からしたらどうって事のない魔力量だもの!」


「うわっ! それ、魔力なしには堪えるわぁー!」



 そう言って私とヘレンさんは笑い合った。前から思っていたけど、ヘレンさんはお母さんみたい。って、前世でもお母さんがいなかったから、そんな感じがするって思うだけなんだけど。


 お母さんって響き、いいよね。


 うん、これからはヘレンさんの事を心の中ではお母さんって呼ぶことにしよう。




 

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