第8話 再会
敵の指揮官はリノだった。
リノも名前を変えられていた。ヴィルヘルム・ジョルジュ辺境伯令息。それがリノだった。
ヴィルヘルム・ジョルジュと言う名前には聞き覚えがあった。ウェルス国では英雄と名が上がってきている人物。剣の腕も然る事乍ら、その戦略に我が国シェリトス王国は翻弄され、敗戦する事態が続いていたんだけど、それがリノだったなんて……
その事もあってなのだろう。いつもよりも執拗に拷問で痛め付けられていた。
いたぶられてボロボロになっていたけれど、私がその姿を見間違える筈がない。毎日リノを思い出して、日々の戦闘で荒む心を暖めていたんだから。
アッシュブロンドの髪は血に濡れ、夜空のような美しい瞳は何処を見ているのか分からないように虚ろで……
だけどあの頃より成長して立派になって、男らしく凛々しくなったリノがそこにいる。
すぐに拷問を止めさせて、そこにいた兵士達に多めにお金を渡して酒でも飲んでくるように促した。これはいつもの事だったから、渋々兵士達は出ていった。
警備をしていた兵士達にもお金を渡し、労うように言って、今日は私がここにいるから息抜きしてくるようにと微笑むと、その兵士達は疑う事なく喜んでこの場を離れた。
もう夜も遅い時間。ここの地下の構造はよく知っている。何処に繋がり、何処が手薄なのかも。
私はグッタリしているリノに近づき、拘束具を外す。
「リノ……リノ、大丈夫? 今助けるからね」
「……サラサ、か……?」
「うん、そうだよ。ほら、早くここを出よう」
「あぁ……」
かなりいたぶられていたからか、リノの意識は朦朧としているようだった。私はリノの腕を肩にして支えて地下から抜け出す。
ふらつく足でリノは前に進んでくれるけど、あまり早く動かないみたい。
何とか誰にも悟られず馬舎までやって来れた。ここに私の馬がいる。もう夜だから厩務員はいなかった。良かったとホッと胸を撫で下ろす。
だけど気が気じゃない。早くリノを逃がさないと。下手したら殺されてしまう。
見つからないように慎重に、でも足早に、ドキドキしながら二人で馬に乗る。リノを後ろに乗せ、自分の腰に手を回させ、交差した両手首をハンカチーフで縛りリノが落ちないようにしてから走り出す。
そうして私たちは国境へと向かった。
夜通し馬を走らせる。休む暇なんてない。既にリノがいない事がバレて、私たちに追っ手を放っているのかも知れないから。
「サラサ……サラサ……君はどうして……」
「リノ、大丈夫? もうすぐ国境だからね。だからもう少し我慢してね」
「サラサも……一緒に……」
「ダメだよ。私、シェリトス王国の人になっちゃったの。だから帰らなくちゃいけないの。でも、リノは必ずウェルス国に帰すからね」
「ダメ、だ……俺を逃がしたと知れたら……サラサは……」
「大丈夫! 私、これでも上手く人を騙す事ができるようになったんだよ! ほら、こうやって馬も上手に操れているでしょう? 成長したんだから!」
「あぁ……サラサは……とても綺麗になった……」
「リノ……」
もうすぐ国境、というところで、追っ手が向かってきてるのが分かった。やっぱりすぐにバレたんだ。
森の中、獣道を縫うように馬で駆けていく。追っ手の先頭は……
エドガーだ。騎馬にかけては騎士団随一。すぐに追い付かれてしまう。
「リノ、聞いて。このままずっと国境まで行ってね。そして私に会った事は忘れてね。夢でも見たと思っていて」
「そんな事できる訳がない……っ! サラサ……! どうするつもりだ?!」
「そんな大声出しちゃダメだよ。いっぱい殴られて声を出すのも辛い癖に。じゃあね。リノ」
「サラサ……っ!」
リノの手に手綱をくくり付けるようにし、馬にはこのまま走るように言って鞭を打ち、私は馬上からヒラリと降り立った。着地しつつも反動で横に回転しながら受け身を取って立ち上がる。
馬は私の命令どおり、真っ直ぐ国境へと走って行った。良かった。
「サラサっ! 必ず迎えに行く! 君を必ずっ!」
そんな声が微かに耳に届く。手綱を握る事もできないくらいになぶられていたのに。大声を上げる事も辛い癖に。
零れそうな涙を堪えて、私は向かってくる追っ手に立ち向かう。
私が剣を構えて立ち塞がっているのを見て、エドガーはその場で止まった。
「アンジェリーヌ……どういうつもりだ」
「別に。ただの気まぐれよ」
「気でも触れたか。こんな事をしてただで済むと思うな」
「……分かってる……」
共に戦場に出た仲間とやり合うつもりは、はじめから毛頭なかった。だから私は大人しく拘束された。
本当はあのままリノと一緒に行きたかった。だけどウェルス国で私はきっと忌み嫌われる存在。
だって私は血濡れのアンジェリーヌ。
『ブラッディ・ローズ』
数多の人々を敵だからと殺戮してきた。許される筈がない。だからウェルス国に行けないの。帰れないの。
だけど敵を逃がした事は許されない事だった。
そうして私は地下牢獄へ送られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます