第7話 アンジェリーヌ


 大きな邸を初めて見た時はビックリして足が動かなかった。それでも、ここはそこまで大きくないんだって。王都に住む貴族様のお邸はもっと大きくて凄いんだって。


  だけど、私はここでは下女として働かされる事になった。養女と言うのは名ばかりで、扱いはただの召使だった。そして、ここで私は名前を『アンジェリーヌ』と変えられてしまった。

 サラサって名前が平民っぽいからだって。ただそれだけの理由。


 平民から騎士爵となったご主人様は、何としても貴族として振る舞いたいみたい。

 だから自分の息子にも騎士爵位を得て欲しいらしく、でもそれが無理なら、何処かの貴族に婿入りして貴族として生きて欲しいと願っている。なんだか面倒くさいなぁって思った。


 もちろん召使と言えども、令息であるアルフォンス様の訓練相手はさせられる。私自身、魔力は多かったけれど魔法の勉強はしたことがなかったから、アルフォンス様と一緒に講師に教えて貰える事は単純に嬉しかった。

 そうして魔法を習得していって、覚えた時点でアルフォンス様の訓練相手となる。


 朝早く起きてすぐに窓拭きや床磨き等の掃除をしてから、起きてこられたアルフォンス様と剣で打ち合いの朝稽古。

 ここに来て初めて模擬剣を使って私も稽古させられたんだけど筋が良かったみたいで、それからは毎朝アルフォンス様のお相手をさせられている。


 稽古が終わったら朝食の準備のお手伝い。みんなの食事が終わったら後片付けの手伝いをして、それから午前中はアルフォンス様と一緒に座学も受けさせて貰った。

 孤児院で文字の読み書きと、簡単な算数は教えて貰っていたけれど、もっと難しい算数や数学、歴史、経営学や魔法学も教えて貰えた事が嬉しかった。だから私はこの時間が一番好きだった。

 知らない事が増えていくのは面白かった。どんな事でも積極的に先生に質問をして、色んな事をいっぱい教えて貰った。


 それが終わったら昼食の準備の手伝い、それから片付け。

 その後すぐにアルフォンス様と講師の方に魔法を教えて貰い、覚えたら即実践。


 魔法の覚えも良かったみたいで、日に日に実力を上げていく私に、講師の方は面白がって様々な魔法を教えてくれた。

 

 陽が暮れる前に訓練は終了。終われば洗濯物を取り込んでからすぐにまた夕食の準備の手伝い。浴場の掃除と準備、そして食事の後片付けにベッドメイキングと、1日中目まぐるしく休む間もなく過ぎていく。バタバタと動き回り働いて、私の1日はあっという間に終わっていった。


 それでも三食きちんと食べさせて貰えることと、魔法や知識を教えて貰えることが有り難かった。

 

 そうして7年、私が19歳になった頃。元いた国、ウェルス国と、今私がいる国、シェリトス王国の友好は崩れ、いつ大きな戦争となってもおかしくない程緊迫した状況となっていた。


 その頃には、私は騎士団に所属していた。


 日々の訓練で頭角を現し、その実力を認められ、私は魔法剣士となっていた。しかしそれは私が望んだ事ではなかった。


 アルフォンス様は、メキメキ上達していく私を見てやる気を無くしてしまったみたい。

 私からすれば、実力が伴わなければもっともっと努力すれば良いのに、と思うんだけど、後から来て、魔法も剣も使う事が初めてだった私がすぐに自分を追い抜かす程の成長を目の当たりにしてしまった事で、自分には出来ない、才能がない、無理だと思われたそうだった。


 それに関しては申し訳なく思う。だから、ご主人様に言われるがまま、私はアルフォンス様の変わりとなるべく騎士団に入ることになってしまった。

 

 そこでも私は、男だらけの騎士団の中にいても頭角を現していく。性格上、手抜きとか、空気を読んで負ける、と言う事ができなかった。勝てば誉められる。喜んで貰える。それが嬉しいって言うのもあった。

 実力主義のこの世界。元平民となじられる事もあったけれど、そんなのは孤児院での苛めで慣れていたから、なんとも感じなかった。


 気付けば魔法剣士の頂点となっていた。魔法剣士なのに剣豪とまで呼ばれるようにもなっていた。

 

 各地で起こる小競り合いに私は駆り出される事が多くなり、そこで功績を上げていく。私が戦闘に参加したら負けないと、もっぱらの噂になる程に。

 

 ついた二つ名は『ブラッディ・ローズ』


 それは私の髪色と、私が戦闘した後、周りは血まみれ状態である事と、私は戦闘に赴く時には必ず長い髪を後ろで一つに束ね、そこに真っ赤な薔薇を一本リボン代わりに挿していくからだ。


 今でもリノは私の特別。一日だって忘れた事はない。だけど、こんなふうに人を斬り殺していく私を、もうリノは昔みたいに好きだと言わないと思う。いつの間にか私は人を殺す道具のようになってしまったから。


 言われるがままに、戦争と称して人を殺す私をリノは蔑むかも知れない。

 だけど、あの時のリノの言葉に心を委ねてしまう。私を好きだと、お嫁さんになって欲しいと言ってくれたリノの……


 戦場に赴く時は、いつも死を覚悟する。


 だから髪に真っ赤な薔薇を挿す。そうしているとリノの愛情に包まれているような気がするから。これが最後となっても良いと思えるように。

 

 戦況は日々悪化していく。


 各地で戦闘が起こり、激化していく。戦争なんてない方がいい。だけどそんな事が言える訳もなく、私は言われるがままに戦場へ向かっていった。


 そんなある日の事。


 敵の指揮官を捕まえたとの連絡が入る。これもよくある事だった。しかし、今回はその指揮官が上位貴族の令息だった事で交渉に使うとされ、殺さずに拘束されていると聞いた。


 捕虜となった者への対応は酷い。自分の身内や友、知り合いを殺されているから恨みがあるのは分かる。だけどそれはお互い様だ。戦争とはそういうものなのだから。


 捕虜はいつも地下牢獄へと送られる。そこで拷問されるのは毎度の事で、私はよくそれを止めさせに行っていた。

 元いた国だというのもそうだけど、腹いせやストレス解消に捕虜を使うのはどうかと思っていた。だから今回も捕虜の元へ行った。


 そこで見た光景に絶句してしまった。


 拷問を受けていたのはリノだったんだ。



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