第14話 櫻井ハヤト②と竜胆宅

魔族が討伐されていたけど、君は知ってる?君が倒したのか?とでも聞きたいんだろう、本当は。


ここはどう答えるべきなんだろうか?


もし、何も知らない、と言ったら?

もし、氷見野さんが報告をしていた場合、僕は嘘をついた、ということになるだろう。


氷見野さんは僕の力は誰にも言わない、と約束してくれた。だが、その言葉の解釈は難しい。


あの魔族を討伐した、ということはその約束に含むのだろうか?


もし正直に僕、即ちレイヴンが倒した、と言ったら?

魔族を倒したヤバイ奴がいる。討魔軍で騒がれる。完全に囲い込みにあったうえで、レイヴンのことがバレる。


そんな流れだろうか?

うーん氷見野さんごめん。


「えーと、何か人型の翼の生えた空を飛ぶヤツを見ました。たぶんアレは魔族?だったのかな、と」


……櫻井さんが小さくうなずく。


「……それで、そいつはどうなったのかな?」

どうなった、という聞き方がなかなかにズルい。たぶん既に知ってるだろうに。


「クラスメイトの……氷見野さんが凄い力を使って討伐してるのを見ました」


……まあ、これも実は嘘ではないんだよな。氷見野さんによってかなり、魔力を削られていたのは事実だし。もし、氷見野さんが報告を上げていたとしても、僕は戦闘で我を忘れていました、でギリギリ言い逃れられる。少しズルい答え方だが。


「……ほう」


櫻井さんは短くそう言った。そして、暫くの間、少し下を向いて俯いた。どうやら考え事をしているようだった……。


「ふむ、まあいい。今日は有意義な話が聞けたよ。ありがとう」


そう言うと櫻井さんは隊員に伝票と、札を渡した。

うん。どうやら、疑わしいけど、とりあえずは無罪放免、っていう感じだな。


「いえ、こちらこそ、コーヒーご馳走様でした」


そう言うと僕はそそくさと、喫茶店から出ようとした。


「ああ、そうそう」

櫻井さんが何かを呟く。なんやねーん!もう逃げられると思ったのに!


「君、退学になったんだよね?なんでそうなったのか心当たりあるかい?」


「え?」

僕は思わず振り向いた。


「あーごめんごめん。質問を変えようか。周りに様子がおかしい人はいなかった?例えば、退学を言い渡したであろう校長先生とかクラスメイトとかさ」


……はい?なんだその質問?なんで討魔軍の人がそれを聞く?


「……その件については、おかしい事しかないと思っています。逆に何があったか聞きたいくらいです」

僕は今日、初めて本音を言った。


「ああ、そうだよね。ごめん。ちょっと気になっただけだから気にしないで」


気になるっつーの。そう思いながら僕は店を出た。



【四番隊side】


「良かったのですかな?もっと気になる点は沢山あるのでしょう?」

数刻後、京極は櫻井に尋ねる。


「ええ。まあ、彼、メッチャ警戒してたし、正直、機嫌を損ねたくない、という思いもあったので、サラっとしか聞きませんでした」

櫻井の返答に、ふむ、と京極は頷く。


「さて、と。京極さんどう思いました?実際のところ」

櫻井は今度は逆に、副隊長の京極に尋ねた。


「ま、虚実織り交ぜつつ、といったとこでしょうな。で、核心については嘘もつかないけど、本当のことも言わない。まあ、なかなかに賢い子です」


「ぼくも同意見ですよ」

櫻井は同意した。


「やはり氷見野が、魔族を討伐した、と思いますか?」

京極が尋ねる。


「まあ、氷見野は逸材ですからね。やってもおかしくない。ですが不審な点は残ります」


「不審な点?」


「まずは魔族の殺され方。氷見野の「氷」に関する血継魔法の痕もあったけど致命傷は上半身と下半身を割った斬撃でした」


「確か氷見野は、ヒラ隊員でありながら、武装召喚が使えるんでしょう?で、召喚武器は剣だったと思いますが?」


「うーん。そうなんですけどね。切り口に違和感があったんですよ」


そう、あの切り口。寸分違わず上半身と下半身を二分した斬撃。

魔族は何をしてくるかわからない。斬ったとして回復して襲ってくることもままある。だが、そうした可能性を全て無に帰すような絶望的な何かを付与したような斬撃。櫻井はあの魔族の死体から、それを感じたのだ。


「あとは、魔獣は八体いたでしょ?目撃証言はなかったけど。八体とも三番隊が到着したころには全部討伐済みだったらしいんですよ。魔族の相手をしていたであろう、氷見野がやった、っていうのはあり得ないですからね。」


「ああ、そうですな確かに」


では誰が?


「彼、の可能性が最も高いかな、と、ぼくは思ってしまうんですけどね。まあ、しらばっくれそうだから聞きませんでしたけど」


「あとは分からないのは、直前にあったという彼の退学ですねぇ。うーん。私は教育機関のことは分かりませんが、どう考えても不自然では?」


京極の言葉に、櫻井はさらに考え込む。


「……ええ。もしかしたら今回の襲撃と無関係とは言い切れないかもしれませんね」


櫻井は自分の考えの中で、それらしいことを抜き出して言った。


「うーん、まあ、いずれにせよ結論は変わらんでしょう。彼を取り込むんでしょう?」

京極は櫻井と自分の考えを纏めつつ、尋ねる。


「ええ、逸材って言ったのは心からの本音ですよ」


そうだ。急ぐ必要がある。


腐った上層部に全てを台無しにされることだけは避けなければならない。


俺達と一緒に戦う強い仲間が必要なんだ。

櫻井はそんなことを考えつつ、コーヒーを一気に飲み干した。





【トオル視点】


僕はまず、氷見野さんに連絡した。えーと、名刺を確認。まずこのアドレスを詠唱して、魔力を発現、そして宙に指で文字を書く。おおっ、うまく行った。


えー氷見野さん。

今日、討魔軍の四番隊の隊長さん達がやってきて、色々と聞かれた。ちょっと流れで、魔族については、氷見野さんが討伐した、ということにしちゃったよ。ゴメン。


って感じでいいかな?


お?返信が来た。


・・・・・・・・・・・

あ、そうだったの?

私、天王寺くんが、強いってことは隠しておいて欲しいって言ってたし、魔族の事とかは色々と隊の中だけで秘密裏に処理する形にしたの。


ちゃんと伝えてなくてごめんね?


魔族の件については……正直、私の実績になっちゃうのは心苦しいけど、天王寺くんに助けてもらったし。そこで文句言うほど、心が狭くはないですよ。

・・・・・・・・・・・


だって。


ええ子や。


な、いいだろ?とレイヴンの意識が言ってる。僕も同意した。



そして僕は気になっていた茜の家を訪ねた。どうやらあれ以来調子が良くないそうだ。


こんにちはー。


「あら、いらっしゃい?天王寺くん?」

茜の母さんだ。


「茜は元気ですか?」


「茜は……ちょっとショックで寝込んでるわね」


まぁ無理もない。あんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中にいたのだ。


「ちょっとお見舞いに、上がらせてもらっても?」


「ええ。ありがとう」



コンコン、と俺は茜の部屋をノックした。


はい、と小さな声が聞こえる。

透です。


そう言って俺は部屋を開ける。


茜はパジャマ姿であった。ずっと寝ていたのであろう。上半身をベッドから起こした状態だ。少しやつれている気がする。


「茜、だいじょうぶか?」


俺は茜に声をかけて見舞いの品を机の上に置かせてもらった。


「トオル……なんだよね?良かった……。ありがとう」


ああ、そういうことか。あのときレイヴンと入れ替わってたからなぁ。


「あはは、黙ってたけど僕って二重人格なんだよ」

とりあえず、僕はこれまで話してきた設定を踏襲した。


「……そ、そうなんだね?ありがとう。助けてもらったお礼もできてなかったから」


茜はやはり元気がない。ま、無理もないよな。てか僕に引いているんだろうか?結構ハードな闘い方をした気がする。レイヴンに代わる前から既に。怖がられてるのかもしれんな。もしかしたら。


「茜。また元気になったら飯でもいこう?」


とりあえずキリをつけて帰ろうと思って、僕はそう言った。


「……うん!!ありがとう。トオル!」


茜はようやくいつもの笑顔で屈託なく笑った。


「じゃ、僕行くから」


「──トオル?」

茜が僕を呼び止める。


「なに?」


「トオルはトオルのままだよね?」


「そうだよ」

僕はそう言い切った。


「あたしはどうなのかな?」


え?


「どういうこと?」


「ううん、なんでもない。本当にありがとう」


「う、うん」


その後、僕は家路についた。



僕は自宅への道を歩きながら、茜のことを考えた。茜は大丈夫なんだろうか?だいぶ情緒不安定になっているように見えた。


僕は茜の明るくて屈託のない感じにいつも救われてきた。ちょっと辛いものがある。


──おい、トオル。


レイヴンが深層心理で僕に語りかける。


なんだ?


『尾行されてんぞ?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る