第9話 追放高専生と転生魔術師


【トオル視点】


僕は暗い意識の底に沈んでいた。

ここが僕の意識の中だと言うことはわかる。そして、これまで、ここに誰かが僕の代わりにいたのだ。


その誰かと生まれてこの方ずっと一緒にいたことはわかる。だが、それが誰なのかがわからない。


強烈な個性を持つ何か。わかるのはそれだけだ。


「あっ!!いた!!やったぞ!!ケケケ!」


あ、いた。コイツだ。


その男は赤い外套を羽織っていた。

だが、おそらくその外套は元々赤かったのではない。何かで染まったように見える。


あの色……血か?


と、いうか。あの背丈、あの目つき、あの服装。誰かに似ている。そう最近教科書で読んだ。


ん?


「ま、まさか……魔術師……レイヴン様?」


嘘だろ?何故ここにいる?


「やっと見つけたぜ。初めまして天王寺トオル君。いや、初めましては適切じゃないか?」


レイヴン様らしき人は人懐っこい笑みを浮かべてそう言った。僕は魔術師レイヴン様は狂気に満ちた人物で、変人だったという知識を持っていたのでその笑顔は意外ではあった。


だが……まぁ確かによく見ると、目の下のクマとか、目つきとか、ところどころヤバそうな感じも感じさせる。


色々な要素の同居した不思議な感じのする人物だ。


レイヴン様は僕が沈み込んでいた間のことを説明した。


「で、かくかくしかじかで今、氷見野 刹那さんとやらに連れて行かれてんだ。ヤバくね?」


激ヤバである。


正直、この現実を受け入れるのがまず、非常に難しい。


なんだ?その一昔前のタダで読める異世界の小説の失敗版みたいな展開は。


いわゆる異世界転生?


いや……レイヴン様からみると異世界転移の後の、現実世界転生か?


僕から見ると憑依された?ということ?


ああ、よくわからん。


ともかく、あの歴史の教科書の中で二番目くらいに重要な人物として出てくるレイヴン様が、僕の中にいるのだ。まぁそれは千歩譲って無理矢理受け入れるとして、だ。


まず、レイヴン様が転生魔法を使ったのはいい。だが、そう言う場合って普通、僕の意識ない筈だろ?何があったんだ?


「あーそれは簡単だ。多分、術式ミスった。途中で眠くなった記憶がある」


──何というか、あんま様付けで呼びたくなくなってきた。


「まぁ色々と受け入れ難い点は目を瞑るとして……僕がレイヴン様の転生体である、ということを大っぴらにするのは反対ですね」


当然そうなる。そうなったら僕の日常生活は維持できないし、世界に激震が走る。


「まぁそりゃ俺もそうだな。そこで提案だ」


「俺と君とで、一つの肉体を共有しよう。」


──え?


「……肉体を共有?そんなことできるんですか?」


「ああ、できる。意識の底に沈んだお前さんを見つけ出すのが一番の難題だったが、それが今、奇跡的にできた。なぁに、お前さんにとってデメリットはないよ。メリットとしては俺の強さと知識が手に入る」


「強さと知識?」


「ま、もっと端的に言おう。いずれは俺と同じように魔術を使えるようになるし、俺と同じくらい強くなる。そして日常生活は、普通に送れる。ただ、お互いに馴染むのには努力と時間が必要だろうがな。いいだろ?」


うーん。いやー。それは難しくないか?そんな話があり得るのか?


「肉体を共有したら、最早別の人格になって自分を失いませんか?」

僕は思っていることを素直にレイヴン様に尋ねた。


レイヴン様は驚いた顔をする。


「……へえ。なかなか洞察が鋭いねぇ。でも、大丈夫だ。俺も君も失われない。必要な時に必要な自我が現れるようになる。それだけだ。基本的に元々この肉体の持ち主は君だから、そこんとこは尊重するつもりだし」


──うーん、聞けば聞くほど、問題ないような気になってくるな。


なんかよく分からんけど受け入れていいのだろうか?でも……このまま断ったとして氷見野さんの追及を逃れられるとも思えないし。ただ、引っ掛かる……。


「あなたにとってのメリットは?」


「うんうん、そうやって簡単に人の言うことを信じないのもいい。君とは仲良くやっていけそうだよ。ま、詳細は言わんけど、俺にとっても……メリットは、ある。君が強くなったその先に、な」




うーん、全てを話す気はない、か。



・・・・・沈黙。



「うーん、僕、頭悪いので、話をシンプルにすると、まぁ、何やかやして二人の知恵とノウハウを共有しながら、この肉体を使って世の中上手く渡っていきながら、互いの目的の為に頑張ろうって理解でも構いませんか?」


「完全にそう言うことだよ。理解が早くて助かるわ」

僕の確認にレイヴンは同意した。


ふむ。まぁ現状を整理してみよう。僕は何の取り柄もない人間だ。友達も竜胆 茜くらいしかいない。取り立てて何かの能力がある訳でもない。


それどころか、もうじき学園を追放される身だ。そうなったらただのヒキニートだ。間違いない。


そう、僕はもう詰んでいるのだ。 


いや、それ以前に。


もし、レイヴン様が現れなかったら、今頃僕は魔獣の腹の中で消化されていたのではなかろうか?そんな僕にこの申し出を断る権利があるのか?


「……いやあ、聡明だねえトオル君。君みたいな賢い人間が同居人だと、俺としても安心するよ」


──まぁ、とにかく。この世界で生き抜く手段を何も持たず、このまま泣き寝入りするしかなかった僕にとって、この提案は暁光なのではなかろうか。


僕は少し考えた後に、口を開いた。


「レイヴン様、その提案謹んでお受けします」


「ああ。よろしく。レイヴンでいいよ」


そして僕たちはお互いの掌を合わせると、光に包まれた。

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