第6話 魔族

ザクッ。


俺は普通に鎌を使って魔獣を斬った。


さてと、これで七体。ラスト一体……か。

後回しにしてたのは、この屋上にいるっぽいラスト一体は遠かったし、なんかそこそこデキる奴が相手してる印象なんだよなぁ。俺が行く必要あるかな?


あ、魔獣の生命反応が消えた。おお、やるじゃん。いや、マズいな……。ボスの登場ってわけかよ。


氷見野 刹那ひみのせつな視点】


「……っハァ、ハァ」


私は何とか斬り伏せたその魔獣に対し、心臓にトドメの一撃を突き立てた。


大量の出血。


そして、私は疲労で座り込んでしまった。


今回の件は大事件だ。「二足歩行する顎型魔獣ダークフェンリル」が八体。しかもいきなり学校の敷地内に出現。おそらく犠牲者もでただろう。


二足歩行する顎型魔獣ダークフェンリル」は討魔軍の危険度ランクとしては、そこそこ高い方だった筈。それが八体。


東京地区への「壁」の設立後としては屈指の大災害と言っていい。


この学校で討魔軍に所属しているのは、私一人。

私がこれだけの時間をかけて、対応できたのはこの一体のみだった。


だめだ。弱すぎる。こんなんじゃアイツの喉元にこの刃は届き得ない。もっと強くならないと。


と、屋上と階段を繋ぐ扉が開いた。


「氷見野!無事か!?」


そう言ってきたのは、討魔軍三番隊の副隊長 速見 陸はやみ りくであった。私の所属している隊のNo.2だ。私達ヒラ隊員の頭である。


討魔軍ランキング15位。副隊長クラスではズバ抜けた実力の持ち主。破壊力の高い武装召喚と地属性魔法の練度の高さが強みで、何体もの魔獣を屠ってきた叩き上げの武闘派である。


彼が来たなら安心だ。そう思えている自分がいた。


「ええ、なんとか……。状況は?」


「三番隊が到着した。遅れて四番隊もこちらに向かっている。生徒と教師が30名以上負傷。現在の時点でそのうち約10名死亡が確認されている」


「くそっ!!」

私は思わず汚い言葉で感情を表に出してしまった。


「だが、不思議な点がある。校舎内に放たれた魔獣はコイツを含めて八体だと思われるが、残りの七体も既に討伐されていた。氷見野ではないのか?」


「……え?そんなまさか。違います」


そう。私はこの一体の相手で精一杯であったのだ。


「そうか。じゃあ一体だれが?」


私は意外であった。死者が出てしまったのは悔しい。でも正直、複数体の魔獣が放たれている可能性が高いと思っていたので、私は討魔軍が来るまでに、もっと被害がたくさん出ていることも覚悟していた。


「……わかりません」


「そうか、まぁ不幸中の幸いとしか言いようがないがな。って、ん?なんだ?この気配は……」


その言葉を聞くまでもなく、屋上に向かって魔力反応が迫っている、それもかなり大きな……。この方向と移動スピード……。まさか飛んできている?


「おい、氷見野……ヤバいぞ。覚悟を決めろ」

速見さんは、真剣な顔でそう言った。





そして、その反応の主は、すぐにこの場へ飛来した。



「おやおや、まさかこの学園に討魔軍の者がいるとはねぇ……」


私はその姿と魔力を見て戦慄した。


言葉を喋っている。そして翼を持ち重力魔法で空を飛んでいる。そして、人のものではない魔力。圧倒的な強さを持っていることは一目見て分かった。


魔族……。


魔族に会うのは二度目だ。前回会ったタイプとは、違う奴か。


「おい、氷見野。逃げろ。このままじゃ二人とも死ぬ」

速見副隊長は、冷や汗をかいていた。


「嫌です。闘います」


「だから逃げろって!!」


「速見さん……いずれにせよ、もう遅いですよ」


「ククク、その通りです」

魔族はやたらと丁寧な紳士的な、しかしどこか見下すようなニュアンスでそう言った。


「まず、そちらの男性の方……貴方はすぐに殺します。まぁそうですね、苦しませることはしません。普通にスピーディーに処理しますよ。そしてそちらの綺麗な女性の方、貴女は悪くなさそうですねぇ。そうですね。生かして奴隷にするか、殺すか、闘ってみて判断しますか?」


「ふざけたことを……」


私は、心の底からの嫌悪感を全て込めてそう言った。


「氷見野、隙が作れるように努めてみるよ」


そう言って、副隊長は、精神を集中させた。


「武装召喚」


速見さんは、ハルバードのような大型の得物を召喚した。武装召喚。本人の魂を武器化する、討魔における奥義の一つ。魔術などと一緒に異世界からもたらされた技術の一つだ。


「……ほう。悪くないですねぇ、その武装召喚。付与された効果は、うーん、結界脆化ですか。あなたは討魔軍の隊長クラスよりちょっと弱いくらいですかねぇ?」

魔族は、見下すようにそう言った。


「あたってるよ、クソ野郎」


そう言うと、副隊長は一気に前に出た。


が、次の瞬間、急にスピードダウンして地面に膝をつく。


「がっ!!」

副隊長は声にならない声を上げた。


「私が飛んできている時点で、重力魔法を使ってると、分かりそうなものですがねぇ」


そう言うと魔族は瞬時に副隊長の許へ移動した。


「速見さん!!ぐっ!」


早見さんを助けようと私も反射的に走り出そうとした。だが、魔族の重力魔法が私にものしかかる。


「貴女はそこで見ていなさい」


くそっ!!


「では、さようなら」

魔族は、自分の腕を刀剣状に変形させた。速見さんは、やはり動くことができないようだ。


……そして私も動けない。重力魔法で動きを封じられ、魔法を使うことすらままならなかった。


速見さんはそのとき、こちらを向いたように見えた。


「氷見野……あとは頼む」

あとは頼む?何を言って……。まるで諦めたのような発言をしないでよ。副隊長でしょ?討魔軍の重要戦力の一人なんじゃなかったの?


その次の瞬間、魔族は腕を振り抜いた。


速見さんは大量の出血とともに地に伏した。私はその光景を見ていることしかできず、一瞬、息を呑んだ。


そして幼い、あのときの光景がフラッシュバックする。


「うわあああああッッ!!!」

その後、いつの間にか、私は喉の奥から自分のものとは思えない叫び声をあげていた。


「……さて、次は貴女の番ですね。まぁ貴女はすぐには殺しませんよ。試してみて合格したら生きられるかもしれまん。頑張ってください」


そいつの行動、発言によって生じた様々な負の感情に私は完全に呑み込まれていた。


殺す殺す殺す。


それ以外考えられない。


「……魔族は殺す」

私は心の内から青い炎のように燃える昏い怒りに身を委ねてそう言った。


「おやおや、見た目に似合わない言葉を使われると、ゾクゾクしてしまいますねぇ」


……よし。わかった。殺す。いや元々殺すつもりだったけど、臓物を日光に晒して天日干しにして殺す。再確認。


私は格上の相手を前にしながらも、憎しみと怒りで肌が粟立ち、髪が逆立つかのような感覚を覚えた。

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