第16話 白い魔獣

それは、先刻学園を襲撃した、二足歩行する顎と同じくらいの大きさの魔獣であった。だが形は異なっている。


シルエットとしては、まるで小さなティラノサウルスのような出立ちとでも言えばいいのであろうか?だが、ティラノサウルスよりも前脚というか、腕が大きい。


色は白だ。眼が紅く、神聖な白蛇を彷彿とさせる。


全体的に爬虫類的ではあるが、異なる点は鬣が生えており、それがさながら長髪を振り乱しているかのような様相を呈している点であろう。そしていかにも鋭い爪と牙。


僕にでもわかる。


この間、学園を襲撃した魔獣とはレベルが違う。

――いや、それどころか絶対あの「魔族」よりも強い。


その魔獣は僕の方を向いているように見えた。


と、金属バットの男が、魔獣に殴りかかった。


「ごおあああ!!!」


『アホウが……』


レイヴンがぼそりとつぶやく。


金属バットの男の襲撃を、魔獣は、ぱんっと簡単にはじいた。

だが、金属バットの男は、凄まじい声を上げた。聞くに堪えない、人間が放つとは思えない声で。


金属バットの男の腕がなくなっていた。


ふきとんだ、とか斬れたとか、そういう話ではない。

粉々に砕け散ったのだ。


公園に鮮血が飛び散る。


「あらららら、腕がなくなっちゃいましたねえ。このままじゃ、出血多量で死んじゃいそうですう。仕方ありませんね。聖なる癒しよ、ホーリーライト」


毒島 揚羽はペースを変えずに、そのバットの男に癒しの魔法をかけた。


『へえ、上位回復魔法を詠唱省略ときたよ。優秀だな』


レイヴンが感嘆の声を上げる。ホント、何者なんだ?あの子。


さて、だ。


「それにしてもまずいことになりましたわねぇ……」


毒島 揚羽がやや困った表情をしつつ、そういった。やっぱそうだよな?アイツ何かかなり強そうだぞ?


「レイヴン変わってくれ」

俺は小声で頼んだ。


『あ?気が変わったのか?』


「頼む」


くそ、悔しい。正直なところ、レイヴンの知識、とか記憶を共有して魔術の素養みたいなところが身に着いたのは事実だが、僕はまだ弱い。本来の意味で使いこなすことができるのは、レイヴン自身だろう。


残念ながらこの魔獣は僕では手に余るのだ。


僕は意識の主導権をレイヴンに明け渡すよう提案し、レイヴンもそれを受け入れた。


意識が明滅した後、深い闇に包まれた。





さて、と。トオルに代わってもらったが、ちゃんと戦力分析をしておこうか。相手がその時間を与えてくれたら、だが。


はい。短時間な荒い鑑定でみても危険度Aより上なのは確定。

おそらく竜種だな。


使ってきそうな属性は、炎と光と、応用で雷ね。で、苦手な属性は特になし、と。物理攻撃も物理防御も完璧。そして、凶悪な結界を常時発動、ですか。


マジで何なんだ?

このレベルは戦争中にも滅多にお目にかからなかったんだが。


「武装召喚」

俺は大鎌を召喚した。


と、魔獣が俺に戦意あり、と見たのか、天に向かって手をかざす。

瞬間、放電し、稲妻が起こった。


やべっ!!あれは喰らったらまずい!


「土壁!!」


俺は無詠唱の土魔法で土の壁を発動する。


厄介だねえ。魔獣の魔法だから詠唱もクソもない。龍のブレスとおんなじだ。


バチバチバチ!!


公園の木に落雷し、凄まじい音がする。


ギリギリ土壁の発動が間に合った。俺に向かってきていた雷撃は土の壁に吸収された。


あの毒島とかいう女も……まあ無事だな。


さて、と。どうしようかな……。

まぁ小手調と行こうか。


俺はシンプルに身体強化を行い、鎌による斬撃を仕掛けた。



俺は魔獣の背後に一瞬にして移動した。



ブンッ!!と俺の鎌が風を切る音。



だが、魔獣は反応した。



瞬時に後ろを向き、斬撃の方向へ手をかざす。


ギンッ!!!


「おいおい、マジかよ」


その魔獣は結界を更に分厚くした。もはやその結界は視認できるほどの光の壁のようになっている。


俺の鎌は一定の強度以下の結界を無効にする効果が付与されている。一定、とは言ったが、まぁ正直大概の魔族、魔獣の結界は消し去れる。


正直、無効化出来ない相手は魔王城へ突入したときくらいしかいなかった。


つまり、コイツは地球最凶のダンジョン、魔王城にいてもおかしくないポテンシャルを秘めていることになる。


「すげえな」


俺は後退と同時に感嘆の言葉を口にしていた。

と、そこで俺は一瞬目線を横にやった。戦闘中、敵から目を逸らすことはないが、ほんの一瞬、視界に入ったのだ。



毒島揚羽は目を潤ませていた。



あー、一応知ってる。女は好きな男を目の前にして、何かを期待したとき、もっと直接的で下品な言い方をすると欲情したときああいう目をする。


まぁ別に俺のことを好きではないだろうから、たぶんこういう戦闘とか命のやりとりを見て興奮する性癖の持ち主なんだろう。くくく、歪んでるねぇ。


「す、すごいですわ。高レベルの身体強化、そして斬撃!しかも、結界無効化の効果がついた武装召喚なんて!しかもそれに耐える結界をあの魔獣は繰り出している!!こ、こんな闘いが見られるなんて!!」


ふむ。興奮してるけど、あの一瞬の攻防で何が起こっていたか把握している。何者だ本当に?


さて、それはいいとして、あいつの鉄壁の結界をいかにしてブチ破るかだ。真剣に考えなきゃならん。


あ、そうだ。アレ行くか。


俺は鎌を左手に持ち替えた。


全身の経絡から流れる生命力を総動員して魔力を練る。それこそ、物理的に風が起こるほどに。そして、その魔力を右手に限界まで圧縮する。


ギイイイイイイイ!!!


魔力と空気が擦れ合って、誰も聞いたことがないであろう超高音が、発生した。そして俺の右手が光に包まれる。


「……え?……魔力が目に見える上に、空気との摩擦で音がしている……?どれだけの密度で魔力を留めているの?いや、理論上は確かに可能ですが……ヤバいですぅ。やっぱりトキメキ!!」


あーあー。あの女変な喋り方だけど、やっぱ普通じゃねえな。俺が結構高度なことをやっている、と瞬時に理解しやがったよ。そこまで俺の魔法の中では見た目的には渋い方の魔法を選んだつもりだったんだが。


この魔法は、ただ魔力を全力で練って、その上で右手に集める、という基本中の基本を、極めて高いレベルでやっているだけの魔法だ。だから練習しまくれば誰にでもできる。そして、この魔法は歴史上俺が初めて思いついた魔法なので、俺が名付けたのだ。


魔狩りのブラッディ光の手フィンガー……」


この魔法は誰でも無詠唱で行えるが、俺は一応その名前を言っておいた。ラベリング効果というもので、名前を言うだけでも魔法の効果は向上するのだ。もちろん不意打ちをするときには言わない方がいいが。


俺は、正面から突っ込むことにした。


魔獣は常時発動している結界を目に見えるほどに強化した。

強力な結界だ。魔獣はどれも結界を発動できるが、これほどまでに強力なものはそうお目にかかれない。


だが、俺は突っ込む。

右手を伸ばす。


「バチチチチイイイ!!!!」


凄まじい音がした。

だが、俺の右手が結界を侵食している。ケケケ。楽しいなあ、おい。


そして、ガラスが割れるような音とともに、突き抜けた。そして更に右手が柔らかな肉を突き破る感触。


殺った。


俺は自然と笑みがこぼれた。

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