第2話 保健室〜公園

はっ。僕は一体……。寝ていたのか?


「あら?目が覚めたの?」

保健室のオバちゃん先生が僕に声をかけた。


「あれ?僕は……」

僕は起きながら独り言を言った。


「あなた職員室で倒れたらしいわよ?2時間ほど寝てたけど、無事でよかったわ。特に外傷もないし問題はなさそうだから、落ち着いたら帰っていいわよ」


「え?あ、はい」


職員室で倒れた……ということは退学に関しては夢ではなさそうだ。その後の魔王とか勇者云々は夢だろうな。どう考えても。


「すいません、じゃあ帰ります」


僕はそう告げて、自宅に戻った。





・・・・・・・・・


4日後


ここは、東条寺高専という日本の高等専門学校である。


人魔大戦後、急速に増えた討魔人材育成プラス普通の勉強もやるタイプの高専で、高等専門学校といっても誰でも入れる、いわゆるFラン校だ。


残念ながら数十年前の人魔大戦の影響で、国にはかつての義務教育を維持するだけの力が残っていないのだ。


僕、天王寺トオルはここの三年生だ。学力は下の上。運動神経は中の中。スクールカースト下位の冴えないどこにでもいる学生、のつもりである。


特殊なところと言えば、あと3日で高専を追放……じゃなくて退学させられるところだろうか。はあ、やってられん。


「という感じで20××年に、世界征服寸前だった魔王は、魔術師レイヴンが犠牲になって、勇者デュークの召喚した聖剣による、至高の一撃で討伐されました。それから勇者一行の息子たちと共に、魔族の残党から日本を取り戻した英雄2人は誰でしょうか?天王寺君!」


……え?まさか!僕だと!やっべ、あんま聞いてなかった。

「えーと……」


八雲 源やくもげん毒島 冥山ぶすじまめいざんだよ」


コソッとそう教えてくれたのは、隣の席の竜胆 茜りんどうあかねだ。


「……八雲 源と毒島 冥山です」


「よろしい!」


危ない危ない。




茜がこちらを向いて小さくピースサインをしている。茜はこの高専に僕が入学して以来、ずっと同じクラスで、世話好きで明るい活発な女の子である。ポニーテールにした茶色い髪と短めのスカートが特徴で、男子生徒からの人気も高い。


「じゃあ今日の世界史の授業はここまで!休み時間に入って!」


先生はそう言った。


・・・


「でもさーやっぱ信じらんないよね。急に南極にゲートが出てきて、そこから魔王が出てきて世界征服始めたっていうんだからね。私たちのお婆ちゃんが小さい頃に」


そう。僕、というか誰もが耳にタコができるほど聞いている話だろうけど、何十年か前にそういうことがあった。それは「南極事件」と今では呼ばれている。


実際にそういうことがあって、世界の人口は一時期全盛期の十分の一くらいまでになったらしい。で、今となっては魔獣とか魔族の残党に対して、僕たちは「壁」で守られながら、ひっそりと暮らしている。


この「壁」から一歩外に出ると、外は魔獣や魔族、その根城であるダンジョンの跋扈する殆ど異世界みたいな魔界、というわけだ。


僕たちが通っているこの高専のカリキュラムで魔術や対魔戦闘が重視されているのもそのためだ。現在、人類全体の悲願は魔から世界を取り戻すことである。


「まぁこうして暮らしていられるのも勇者様と魔術師様と聖女様のおかげだよな」

とりあえずコレもよく言われている、テンプレート的な答えを返した。


「そうね。でもよく分からないけど召喚?して来てもらったんだよね?無理矢理そんなことしてよく協力してくれたよねぇ?」


茜はもっともなことを言った。


「……まぁ、それをやってくれるから『勇者様』なんじゃない?」


「ふふ、なにそれ?へんなの」

うん。茜の笑った顔はやっぱりかわいい。あーあ、失意のどん底ながら癒されますわ。


くそ!僕の親は他県で農業をやっているが、僕を思って東京の高専に入れてくれた。確かに僕は頭も悪いし、能力は確かに低いが、親になんて言えばいいんだよ……。そんな退学とかいうシステムきいてねぇし!




「おーい天王寺!なにしてんの?」




僕はその声を聞くや否や嫌になった。クラスメートの虻川あぶかわである。コイツは僕と茜が話しているといつも割り込んでくるチャラついた男だ。




「どうしたの?」


僕は虻川に普通にそう言った。




「え?何?質問したの俺なんだけど?国語まで苦手なの?」


……コイツ腹立つな。



「じゃあ答えるよ。君の質問に答えなければいけない義務は僕にはない」



僕が苛立ち任せにそう言うと、虻川は一気に顔を赤くした。だが、努めて冷静を装って仲間の方に目をやる。



「おーっと!天王寺君が反抗期だよ皆んな!どうする?どうする?」


虻川は周りを煽り出した。




「じゃ、多数決で腹パンの刑で。ちょっと中野?手伝って?」


「え?ああ、何?天王寺やっつけんの?」


何が多数決なのかわからんけど、虻川とワンセットの、やたらガタイのいい中野がこっちへくる。


「ちょ、やめなさいよ!トオルはなにもしてないでしょ!」


茜がさすがに虻川と中野を止めにかかった。

虻川はニヤケた面を更に歪める


「いやいや竜胆さん。コイツに騙されちゃ駄目だよ?コイツは『追放された男』だからね?」


え?

は?いや、何でお前がそれを知っている?僕は誰にも言ってないぞ?


「え?何を言って……」


「コイツ退学になったんだってさ?高専退学になるとか一体何をやらかしたのかねえ?討魔軍の人に喧嘩でも売ったの?もしくは基地に無断潜入したとか?」


虻川はニヤニヤと笑っていた。


「あのさ、静かにしてくれない?」


俺の斜め前の席から声がした。


氷見野ひみの……」

氷見野 刹那ひみのせつな


このクラスで一、二を争う美少女がこちらをチラッと冷たい目で見てそう言った。

成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。だが、氷のようなクールさと他人を寄せ付けない態度で有名である。何故だか分からないが有無を言わさない迫力がある。


ただ、不思議なことにこの子は学校に毎日は出席しないのだ。


「討魔軍の話って禁止だったと思うけど?あと暴力も」


氷見野 刹那はこの学校の校則を盾に取り、虻川と竜胆にそう言った。ま、そりゃそうだ。全く反論の余地もない。


その言葉に虻川はチッ!!と大きく舌打ちをする。


「おい天王寺。そういうことだから放課後に遊ぼうぜ」


虻川は反吐の出るニヤケ面を作ると、僕にそう言った。


ま、遊ばんけど。


僕は、虻川のことは無視して授業が終わると即自宅に向かった。ああいう奴ってめんどくせぇよなあ。何か恨まれるようなことしたかね?それにしても氷見野さんって超美人だけど何か不思議なだよなぁ。何者だ?


「トオル。あんま気にしなくていいよ!」


「わっ、びっくりした!なんだよ茜か」


茜とは通学路が結構かぶっている。


「え?そんなに驚く?いや元気づけようと思ってね?」


「え?元気づける?」


「なんか虻川に絡まれる前から元気なかったし、それに虻川が追放された男とか、退学とか言ってたから……」


ああ、そうね。

茜には言わないとな。僕と唯一友達やってくれてる茜には。


「……ああ。まあ、ちょっと色々あると言えばあるんだけど、また今度説明するよ」

僕の悪い癖だ。面倒なことを先送りにしてしまう。


「――そっか。でも一人で抱えないでね」


なんてええ娘なんや……。


「ああ、ありがとう。でも、もう元気だよ」

僕は、そう答えておいた。


「そっか!なら良かったよ!また明日ね!」


そう言って僕の背中をバンッ!とたたくと茜は家に帰った。どうやら僕を気遣ってくれていたらしい。


うん。かわいいな、しかし。


僕は何となく家に帰りたくなくなったので、遠回りして帰った。すると懐かしい郷愁を誘う公園が見つかった。


「久しぶりだな」


そう呟くと、ついブランコに座った。


「今の時代みんなが教育を受けられる訳じゃないからさぁ。そこんとこの理解が足りなかったよねぇ?」

校長の嫌らしい笑いを浮かべた貌が思い出される。

嘘つけ。


「新東京都学生 討魔ランキングも13,421位とかだっけ?ダントツのFランクだよね?魔術適正もないしさぁ」

校長に言われたネチャっとした嫌味が耳に残る。

くそっ!僕に能力があれば!


と、そのとき人影がこちらに近づいてきた。

その人影は僕の側に立つ。



「氷見野……」


僕は、意外なその人物に驚いていた。


「あなた……逃げた方がいいわよ」


氷見野は公園の方を見てそう言った。

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