第2章 聖女の誕生
第6話 聖女の誕生
この国に伝わる『聖女』の伝説。
聖女は黄金に光り輝く宝石のような瞳を持つ。
聖女はその癒しの手により、どんな怪我や病も治癒できる。
聖女は浄めの光により、その身の回りを常に清潔に保てる。
聖女は月の光により力を与えられた存在であるため、月が姿を隠すと聖女も力を使えない。
聖女は血筋など関係なく、加護を与えられた時にこの世へと誕生する。
聖女とは国の宝であり、その身は生涯王宮にて匿われる。
誰もが知っているが、誰も見たことのない『聖女』という存在。
ーー少し過去の話に戻る。
酒屋で働いていた20歳のエマは、その日自室で初めての出産をした。
妊娠させた相手は、エマの妊娠を知るなり逃げてしまっている。
頼れる親もいない、お金もない、酒屋の屋根裏部屋に住まわせてもらっていたエマは、病院にも行かずなんと1人で出産をしたのだ。
タオルにかじりつき、陣痛の痛みによる叫び声も我慢した。血だらけになった布団の上で、今さっき産まれてきた赤ん坊がかすれた声で泣いている。
あまりの激痛に耐えたエマは、すでに意識を失いそうになっていた。泣いている我が子に手を差し伸べる気力すらない。血を出しすぎてしまったのだろうか。
「はぁ……はぁ……」
エマが意識を失いかけた時、赤ん坊の身体が黄金の光に包まれた。
あの光は何……?
そう思った1分後には、エマは身体を起き上がらせて赤ん坊を抱き上げていた。先ほどまで感じていた痛みも、身体の不調もなにもかもが消えてなくなっている。
さっき見た光はなんだったの? まるであの光が私の身体を治してくれたみたいだったけど……そんなわけないよね。
そう思ったエマは、自分の布団を見て「ええっ!?」と大きな声を出した。血だらけだったはずの布団には、血が一滴もついていない。それどころか、ずっと洗っていない布団が真っ白く綺麗になっている。
エマはバッと自分が抱いている赤ん坊を見た。
「……あれ? こんなにキレイだった……?」
先ほど見た時はもっと肌に赤みがあり少し汚れていて、髪もベタベタしていた。
今は、産まれたての赤ん坊はこんなに綺麗なものなのか、と疑問に思うほど美しい。肌は白く透き通っていて、短いプラチナブロンドの髪はサラサラとしている。
いつの間にか泣き止んでいたその赤ん坊は、エマの腕の中ですやすやと眠りについている。
かわいいと思うはずの我が子なのに、エマにはあまりそんな感情はなかった。
相手にも逃げられて、このまま自分1人で育てていけるのか、自分の人生はどうなってしまうのかと不安でいっぱいになっていた。
エマが違和感に気づいたのは、出産して数日経った深夜の授乳中である。赤ん坊はまだ半分くらいしか目を開けられない状態だったが、真っ暗な中で開けられた瞳からは光が漏れていた。
「な……何これ……」
今まで深夜に目を開けたことがなかったので気づかなかったが、暗い中でもはっきりわかるほどキラキラと輝く黄金の瞳。エマも父親となる男も、瞳の色は茶色であった。
「宝石みたい……。まるで伝説の聖女様のよう……」
そこまで言って、エマはハッとした。
光り輝く黄金の瞳。生まれた日に光が見えたあと突如回復した自分と、キレイになっていた赤ん坊と部屋……。
伝説の聖女様の特徴と似てる……!
エマは鼓動が速くなっていることに気づいた。
「もし……もし本当にこの子が聖女なら、王宮に引き渡すことができるわ。そうなれば私の今後も安泰だし、聖女を産んだ母親として私自身も崇められるかもしれない……!」
エマの手は興奮と期待でプルプルと震えた。
虚偽の申告をしては大変である。
確実にこの娘が聖女だとわかるまでは様子を見ようと、エマは心に決めた。
エマが王宮に行くことを決意したのは、娘が生まれて1ヶ月が経ってからだった。月の見えない日には黄金の瞳の輝きがなくなること、月がまた現れてくると瞳の輝きも戻ってくることが確認できたからである。
私の娘は聖女様なんだ。
私は聖女を産んだすごい女なんだ。
この1ヶ月でエマの精神状態はおかしくなっていた。
「平民の中でも底辺の暮らしをしていた自分が、まさか王宮に入れることになるなんて……。今まで私をバカにしていた奴らも、私の元から逃げたあの男も、みんな後悔するといい……!」
ずっとそんなことばかり考えていたエマは、夜遅くにフラフラと家を出て王宮に向かった。
聖女が生まれたと周りに知られたら、誘拐されてしまうかもしれない……と疑心暗鬼になっていたエマは、娘を誰にも会わせていなかった。
昼間に出かけるのも危険だ。夜、人がいなくなったら出かけよう。そう考えた結果、夜遅くに王宮に向かうといった暴挙に出てしまったのである。
こんな時間に突然訪ねてきた得体の知れない平民女を、王宮が受け入れるわけがなかった。
『聖女』という単語を出せば通してもらえた可能性はあるが、疑心暗鬼の塊となっていたエマはその言葉を出せなかったのである。
こんな門番をしているような奴に知られたら、聖女を奪われるかもしれない……!
それがエマの考えであった。王宮に入れなかったエマは、その日は諦めようと家に帰ることにした。
赤ん坊を抱えて歩いていたエマの横を、貴族の馬車が通り過ぎて行く。一度通り過ぎた馬車は、数メートル先で突然停まり、中からスーツを着た背の高い男性が降りてきた。
サラサラの銀髪をなびかせ、氷のように冷たい目をした男性はエマの方に向かって歩いてくる。
「えっ……? な、何……」
小声で呟いたエマは、その迫力のあるオーラに怯えていた。走って逃げようとしたが、身体が動かせない。
男性はエマの目の前に立つと、不自然なほどの作り笑いをしながら声をかけてきた。
「突然申し訳ありません、レディ。私はヴィリアー伯爵家のジュードと申します。少しだけお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
今までこんなに丁寧に対応されたことのなかったエマは、それだけで少し舞い上がってしまった。
気づいた時には「はい」と返事をして、その男性に案内されるまま初めての馬車に足を踏み入れていた。
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