第4話 聖女の瞳


 その日の夜、イザベラが外出したのを確認し、またグレイは別邸に忍び込んだ。鍵はイザベラの部屋から拝借してある。


 今回は他の部屋には一切寄らず、真っ直ぐにあの部屋へ向かった。


 2階の1番奥。カーテンが開けたままなので、月の光のおかげで他の部屋よりは多少明るい部屋。誰もいないのではないかと思うほど静かなその部屋に、グレイはこっそりと入った。

 

 真ん中に置いてある檻の中を覗いて見ると、あの子どもが横になって寝ていた。


 前回はもっと部屋が暗かったため見えなかったが、檻の中には薄い布のような物が敷いてある。決して柔らかくはないであろうその薄布の上で、子どもは身体を丸くしてスヤスヤと寝息をたてている。



「おい。起きろ」



 グレイが声をかけると、子どもの手がピクリと動いた。起きたのであろうことがわかる。子どもはゆっくりと身体を起こし、こちらを向いた。


 両目は相変わらず眼帯で隠されているので、子どもにはグレイの姿は見えていないはずだ。それでも声や気配でわかるのか、子どもは真っ直ぐにグレイの方向を向いている。


 夕方イザベラがこの別邸を出てからは、この子どもはずっとこの場所に1人でいたはずである。それなのに、突然の訪問者に驚きもしない。


 鈍いのかバカなのか……俺と同じように感情が破綻しているのか……と、グレイは思った。



「今日この部屋で黄金の光が出ているのを見た。あの光を出したのはお前か?」



 グレイはいきなり確信をついた質問をした。軽く挨拶から……という考えは、グレイにはない。


 イザベラに口止めをされているかもしれないと思っていたが、迷う素振りもなく子どもはコクリと頷いた。



 よし。イザベラに口止めはされていないな。



 これで色々聞き出せると、グレイは期待した。

 あの光の正体について知りたいが、子どもはイエスノーでしか答えられない。こちらからあの光の正体を探り当て、その答えが合っているかどうかでしか確認が取れないのだ。


 しかし、どう質問をするかをグレイはすでに考えてきていた。正確に言えば、あの黄金の光に思い当たる答えが出ているのである。



「あの光は、聖女の力ではないのか?」



 子どもは何も答えない。



「それは、誰にも言うなと口止めされているのか?」



 子どもはフリフリと首を横に振った。

 プラチナブロンドの長い髪がふわふわ揺れて、眩しいほどに輝いている。



「口止めではない? ……では、まさかお前は聖女を知らないのか?」



 子どもはコクリと頷く。


 グレイは、この国に暮らしていて聖女を知らない者がいることに驚いた。人々を怪我や病から救い、国を繁栄させ幸せの象徴たる存在……それが聖女だ。


 聖女には血縁関係が一切関係なく、生まれたその場で精霊から加護を受けた者だけが、聖女の力を手にすると言われている。


 しかしここ数百年はこの国に聖女は生まれていなかった。

 伝説になりつつあったため、グレイが『聖女』という可能性をすぐに浮かべることができなかったのも無理はない。


 

 聖女は、通常であれば王宮での暮らしを約束される。

 国の宝として、それはそれは大切に扱われる。貴族よりも上の存在であり、間違っても檻の中で監禁されるような存在ではないのだ。……通常ならば。



「こっちに来い」



 そう命令すると、子どもは戸惑う様子もなく普通に立ち上がり、トコトコと歩いてきた。檻の格子の少し手前でピタリと立ち止まる。真っ黒の眼帯のせいで見えていないはずなのに、まるで見えているような動きである。



「動くな」



 グレイは格子の隙間に腕を滑り込ませ、子どものつけている眼帯に触れた。子どもはピクリとも反応しない。


 聖女であるかどうかは、実は一目見ればわかるのである。聖女だけが、この世界で唯一黄金の瞳を持っているのだと全ての本に記してある。



 瞳を見れば聖女かどうかはわかるはずだ……!



 グレイは眼帯を引っ張り、顔から外した。

 真っ黒な眼帯を外された子どもの瞳は、周りをキョロキョロすることもなく真っ直ぐにグレイを見つめていた。


 子どもの顔の部分には月の光が当たっていないというのに、瞳がはっきりと見える。


 ライトアップされた宝石のように、眩しく輝く黄金の瞳。瞬きをするたびに、光のカケラがこぼれ落ちていくように見える。真っ暗な中で、2つの大きな黄金の宝石が浮かんでいるようだ。


 グレイはその状態のまま動けなくなっていた。

 

 見てすぐに聖女であると確信したが、それを素直に喜ぶ気にもならない。他に質問しようと考えてきたことも、今は何も聞く気にならない。


 宝石になど微塵も興味のないグレイですら、そのあまりにも美しい瞳にしばらくの間釘付けになっていた。

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