第3話 女の子の正体
別邸に忍び込んだ次の日、グレイはあの子どものことを考えていた。
昨夜、本人からはなんの情報も得られなかった。
誰なのか、どこから来たのか、いつからいるのか、なぜ監禁されているのか。
冷静になればなるほど、グレイには不思議で仕方がなかった。
あんな子どもを監禁して何か得でもあるのだろうかと。
そもそもあの子どもはイザベラが連れてきたのか?
ずっと引きこもっていた女がなぜ突然子どもを監禁する?
イザベラではなく、ジュード卿が連れて来たのではないか……?
そこまで考えて初めて、グレイはあの子どもが誰なのかがわかった。
ジュード卿の愛人が抱いていた赤ん坊ではないのか、と。
今まで、グレイはあの赤ん坊の存在をすっかり忘れていた。
考えてみれば、2人が死んだと聞かされた日にその子どものことは何も言われていない。
あの事故のあった日に、子どもは一緒にいたのか?
一緒に死んだのか?
何も言われてないということは、まだその子どもは生きているのではないのか……?
「もし生きていたとしたら……」
グレイは自分の推測が当たっている自信があった。
間違いなくあの子どもはあのときの赤ん坊だ。生きていたのだ。
イザベラは、夫の愛人の子どもを監禁していたのである。
正常に戻ってきたように思えたが、やはりまだイザベラは狂っている。
憎らしい愛人の娘をこっそり監禁して、毎日毎日何をしているのか。
そう考えたときに、グレイの頭の中にはまともな答えなど浮かんではこなかった。
その日から、今まで全く興味がなかったイザベラの行動を、グレイは少しずつ観察するようになっていた。
自室の窓から見える別邸に、1日に何度も視線を向けている。
観察するようになって気づいたことだが、別邸には毎日馬車に乗った貴族が訪れていた。
全員同時ではなく、1組ごとだ。同じ時間に重なり合うことはない。
訪れた者同士が鉢合わせしないよう、調整されているのだと思われる。
貴族たちは、全員が大人ではなくそれこそ赤ん坊から老人……中にはペットのような動物を連れて来る者までいた。
しかも毎日違う顔ぶれである。
「いったい別邸で何をしているんだ?」
あの子どもに会わせているのか? なんのために?
そんなことを考えていると、また馬車が敷地内に入り別邸の前で停まったのが見えた。
待っていたのか、ピッタリのタイミングで別邸からイザベラの執事が出てくる。
ジュード卿がいた頃からずっと働いている、中老の執事だ。
グレイは今までに会話どころか挨拶すらしたことがない。
あのネズミのような顔をした執事も、もちろん監禁のことを知っているんだろうな。
グレイはチッと舌打ちをした。
有名な公爵家の家紋がついた馬車からは、老人とその執事らしき人物が降りてきた。
老人は片足を怪我しているのか、執事の支えなしではうまく歩けないくらいに引きずりながら歩いている。
3人が別邸に入っていくのを確認したあと、グレイは窓の近くまで移動して別邸を見た。
子どもが監禁されていた2階1番奥の部屋を監視していると、突然部屋の中が黄金の光に包まれた。
「!?」
グレイは窓を開けて身を乗り出してみたが、距離もあるため中の様子など見えるはずもない。
眩いほどの黄金の光は、1分ほど経つと消えてしまった。
あの黄金の光はなんだったんだ?
グレイがその場から動けずにいると、先ほど別邸に入っていった老人とその執事が出てくるのが見えた。
その後ろからは笑顔のイザベラとネズミ顔の執事が出てきたが、あの子どもの姿はない。
老人貴族と執事の2人が歩いている。その光景を見て、グレイは驚いた。
先ほど執事に支えられながら足を引きずっていた老人が、今は1人で元気に歩いている。
引きずっていた足は、何事もなかったかのようにスタスタと歩を進めている。
「……どういうことだ!?」
間違いなく、老人の足は治っている。
なぜこの短時間であそこまで回復しているのか。別邸の中で、いったい何をしていたのか。
その謎に、先ほどの光が関係しているはずだ。
そして、その光にはあの子どもが関係しているに違いない……グレイはそう確信していた。
今夜も別邸に忍び込もう。
あの光の正体、そして短時間で身体の不調を治した事実、これを突き止めるために、もう一度あの子どもに会おうと決めた。
それから、あの子どもの正体が本当にジュード卿の愛人の娘なのかも確認しなくては……。
そう考えたとき、ふとあることに気がついた。
もし本当にあの赤ん坊なのだとしたら、あの子どもは今7歳のはずである。
グレイはあの子どもの姿を思い浮かべた。
小さく細い身体に、座った状態で床までつくほどの長い髪、白い無地のワンピース姿。
情報はそれしかないが、どう見ても4、5歳にしか見えなかった。
7歳の子どもはあんなに小さいものなのか……?
それともあの子どもだけがあれほど小さいのだろうか……。
檻に監禁され、まともに育てられていないせいで成長が遅いのかもしれない、とグレイは妙に納得した。
彼の興味はすでに子どもの年齢からは離れ、今夜あの子どもにどんな質問をするかでいっぱいになっている。
今夜は確認したいことをすべて聞き出してやる、とグレイは胸を高鳴らせた。
ゲームを前にした少年グレイは、自分が今『楽しみ、ワクワク』という感情になっていることに気づいていない。
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