第2話 監禁されている女の子
その部屋はまるで上級貴族向けの応接間のようだった。
低めの小さな長方形のテーブル、それを囲うように置いてある質の良い長ソファ。
部屋の隅に置かれたキャビネットも、この別邸には不釣り合いなほど高級品のように見える。
だがそんな部屋の中で特に異質を放っているのが、今グレイの目の前にあるこの檻だ。
高さは13歳のグレイの身長とほぼ変わらない。
部屋が暗くて中がどうなっているのかはよく見えないが、間違いなく人間用に作られた物ではないことくらいわかる。
鉄格子がはめられたその獣用の檻の中に、4、5歳くらいの女の子が1人ポツンと座っていた。
両目には眼帯が付いているため、何も見えていないと思われる。檻の中なら問題なく歩き回ることができるくらいの長い鎖が、左足首に繋がれている。
檻の扉には外側に大きな鍵が付いていて、中にいる子どもが自力でここから出るのは不可能だろう。
つまり、この子どもは監禁されているということだ。
グレイはめずらしく動揺した。
あのイザベラが、人を……それもこんな子どもを監禁しているとは、全く予想していなかったからである。
何か面白いものが見つかると思っていたが、それはイザベラの不正の証などを想像していたのだ。
イザベラの手腕では、不正もなくこんなにも順調に経営がうまくいくはずがない、とグレイは疑っていた。
仕事に関する悪事、偽造、その証拠……そういったものを期待していたのである。
監禁はグレイにとっても予想外だったが、よく考えれば不正の証拠よりも良い収穫かもしれない。
幼い子どもを監禁している伯爵家当主とはおもしろい……。
グレイはニヤリと笑った。とても笑顔と呼べたものではないが、それでもグレイが笑ったのは久しぶりのことであった。
そもそも、この子どもは誰だ?
どこから連れて来た? 誘拐したのか?
路上にいた平民でも拾ってきたのか? ……なんのために?
グレイは子どもをジロジロと見つめているうちに、ある違和感を抱いた。
子どもは起きているのに、グレイに対して何の反応もしてこない。
眼帯をつけていて見えないとはいえ、物音で誰かいることには気づいているはずだ。
実際に子どもは座ったままグレイのいるほうを向いている。
驚いている様子も、怯えている様子もない。
黙ったままグレイの方向に顔を向け、何かを言われるのをただ待っているようだった。
なぜ泣かない? 助けを乞わない?
誰かがいるとわかっているからこそ、見えない恐怖があるのではないか?
その子どもはとにかく髪が長く、座っている状態だと髪が床についてしまっている。
薄暗い部屋でもわかるほどの美しいプラチナブロンドの髪は、毛先のみ緩やかなウェーブになっていて、真っ白な肌と合わせるとまるで人形のようであった。
小さな口も細い身体も、動く気配がない。
これは本当に生きた人間なのだろうか、とグレイが疑うほどだ。
「……お前は誰だ?」
グレイは子どもに問いかけた。
だが子どもは何も答えない。
突然声をかけられたというのに、驚いた様子も戸惑っている様子もない。
「お前は誰にここに連れて来られたのだ?」
子どもは何も答えない。
「いつからここにいる? ここで何をしている?」
子どもは何も答えない。
「この檻から出ることはあるのか?」
子どもがコクリ……と頷いた。
初めて反応が返ってきたことに、グレイは驚いた。
この子どもは喋らないが、答えられる質問であれば反応が返ってくる。
そうとわかったグレイは、質問の内容をよく考えてから言葉にした。
「ここには毎日人が来るのか?」
子どもはコクリと頷く。
「それは女か?」
子どもはコクリと頷く。
「それはイザベラという名前か?」
子どもはコクリと頷く。
「他には誰が来るんだ?」
子どもは何も反応しない。勢いに任せて答えられない質問をしてしまった。
失敗したと思ったグレイは、聞き方を変えた。
「イザベラ以外の人間もここに来るのか?」
子どもはコクリと頷く。
グレイ自身気づいてはいないが、彼はこのやりとりを楽しんでいた。
子どもが反応をするかしないかゲーム。
子どもが反応したらグレイの勝ち、反応しなかったら負け。
そんな遊びなど、ジュード卿が愛人を連れてきた日から1度もやったことがなかったし、やりたいとも思わなかった。
そのため、グレイは今自分がゲーム感覚で楽しんでいることに気づいていない。
ただ気分が高揚している……それだけは実感していた。
質問している内容には大して興味はなく、ただ子どもが反応するかを楽しんでいる。
ふと気づくと、いつの間にか結構な時間が経っていた。
もういつイザベラが帰ってきてもおかしくない時間になっている。
戻らなくては。あの女に見つかったら面倒だ。
「いいか。俺がここに来たことは誰にも言うな」
子どもはコクリと頷く。
グレイは静かに立ち上がると、子どもを一瞥してから部屋を出た。
このときのグレイには、子どもを解放してあげたいという考えなど全く浮かんではいなかった。
別邸をひと通り歩き、自分が開けた扉などを念入りに確認して来た時と同じような状態に戻す。
そして別邸を出て扉に鍵をかけると、屋敷まで走って戻った。
不必要な走りなどいつ以来だったのか。
高揚した気持ちがまだ収まっていないのだと、グレイ自身は気づいていない。
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