第53話 ジャスティスハート!

「生きてるかブラン!」


 彼女に集るハエのような手を払い除けながら、俺は何とかブランを救出することに成功する。が、ブランはぐったりしていて弱りきっていた。

 そこで俺はもう一度回復魔法をかけてみたのだが、ブランはかなり流血していたようで、傷は癒えても顔色は青白いままだった。


「しっかりしろ!」


 ――このままだとブランの命が危ない。


「――!?」


 さっさとモルガンを成敗して安全な場所にブランを運ぼうと立ち上がる俺を、彼女は腕を掴んで引き止めてくる。


「待てリオニス……あいつの狙いはうちとお前や」

「俺……? お前、まだそんなこと言っているのかよ」

「ええからよう聞けッ! 本来一つの肉体に一つの魂が普通やねんけど、なぜかお前の体には二つの魂が同居しとるらしいねん。その一つが、うちら姉妹の復讐相手っちゅうことや!」

「魂が同居!?」


 なんだよそれ?


「モルガンはお前の中に眠る、もう一つの魂を呼び覚まそうとしとるんや! そんでそのトリガーとなる人物が、恐らく行方不明やった生徒、アレス・ソルジャーなんや!」


 突拍子もなくオカルトチックなことを言い始めた彼女に、俺の理解は追いつかない。

 「は?」ってのが本心だ。

 頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされ、困惑を通り越して呆然としてしまう。


「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方のお口の軽さには本当に困ったものね」


 意味深な発言をするモルガン。

 彼女が肩を軽く揺するその動作は、しみじみとした楽しさを内に湛えているようだった。


「ええ、ええ。でもそうね。この際だから直接本人に尋ねるのも悪くないかもしれないわね」


 そう言ったモルガンは軽く首をかしげながら、くちびるに押し当てるように人差し指をベールの前にそっとかざした。


「ところで、ずっと気になっていたのですが……貴方は誰なのかしら?」


 どういう意味だ?


「何が言いたい?」

「まぁまぁまぁ、わたくしにも説明の仕方がいまいち分かりませんの。ただ、わたくしの知っているリオニス・グラップラーと貴方は別人、正確には魂が異なる存在というべきなのでしょうね」

「魂が異なる?」


 モルガンが何を言っているのかが分からない。


「ええ、ええ。以前茶会でお話したその火傷跡、その呪はかつて姉妹わたくしたちがとある男の魂に刻みつけた印のようなもの」

「お前らが付けた印だとッ!?」


 どういう事だとブランに視線を向ければ、サッと顔を逸らした。その様子からして、ブランは何か知っているのだろう。知っていて敢えて俺に何も言わなかった?

 それはモルガンの言うように、呪を付けた相手がブランたち九姉妹だったからだと考えるべきなのか。


「仮にお前の言うように俺の中にもう一人の俺が居たとして、それでなんで俺やブランを襲う必要があるんだよ!」

「あらあら、まぁまぁまぁ。その子には姉妹の誓いを破った罰を与えなければなりません。ちなみに、わたくしたち姉妹の復讐相手は貴方ではないわ。ええ、ええ。貴方の奥底に眠るもう一人の貴方……その魂こそ、九姉妹わたくしたちの宿敵なのです。うふふ」

「俺じゃない、もう一人の俺……」

「あらあら、貴方は身に覚えがないと?」

「………」


 その問い掛けに俺は顔をしかめ唇を噛んだ。憶測の域を出ないが、もしかしたら。


 これまでも何度か俺の意思に反してこの身体が、くちびるが勝手に言葉を紡ぐ瞬間があった。ずっと物語の矯正力だと思い込んでいたあれが、もしももう一人の俺による犯行だったとすれば、モルガンの言っていることも辻褄が合う。


 しかし、俺の中で眠るもう一つの魂を呼び起こすキーが、アレスというのはどういうことだ。九姉妹が目の敵にしている魂は大昔の相手であり、アレス・ソルジャーと接点があるとは思えない。


「なんでアレスなんだよ。ブランはあいつが鍵だって言ったけど、お前たち九姉妹とアレスに、俺にどんな繋がりがあるって言うんだよ」


 リオニスとアレスに繋がりがあることを知っているのは、前世で【恋と魔法とクライシス】をプレイしていた俺くらいであり、ゲームシナリオから大きく外れた現時点では、二人に関係性はない。強いていうなら、アリシアのことくらいだろう。


 けれど、それだってつい最近のこと。もう一人の俺と九姉妹の間にある因縁は、話の流れからして大昔の出来事が原因となっている。そこに現代のアレスが加わってくる時点で、すでに意味不明だった。


「あらあら、まぁまぁまぁ。ですから、貴方はリオニス・グラップラーではないのです」

「……どういう意味だよ?」

「ええ、ええ。貴方がリオニス・グラップラーだったなら、その理由を忘れることはありません。現に、アレスの前では疼いていたはずですよ、リオニスが」

「だからその理由というのが何なんだって聞いているのだ!」


 人を小馬鹿にしたように、口元に手を当てたモルガンが肩を揺らす。コツコツと無防備にヒールを鳴らしはじめる彼女を、俺とブランは息を飲むように目で追った。


 もったいぶるように、焦らすようにモルガンは遅々とした動きで弧を描くように歩いていく。やがてピタッとヒールの音が鳴り止み、両手を後ろに回した彼女が身を翻す。


「あらあら、まぁまぁまぁ」


 黒いドレスの胸元を見せつけるように前屈みとなった彼女の足下には、気を失って眠るアレスの姿があった。


「何をする気だ?」

「うふふ―――試すというのはどうでしょう?」

「試す?」

「ええ、ええ。ですから、アレスとぶつかった貴方が……貴方の内にいるリオニスが怨みの力によって目覚めるかどうか、試してみましょう!」


 こいつは何を言っているのだ……。


「何事も先ずは試してみなくては……」


 モルガンがアレスに手を伸ばすと、彼を包み込むように魔法陣が展開される。淡い燐光の輝きがまたたく間にアレスを癒やしていく。


「う〜……ん」

「まずいッ!? リオニス今すぐここから離れるんや!」

「えっ!? ちょっ――」


 突き飛ばすように強引に押してくるブランが、逃げろと大声を放つ。

 しかし、アレスを恐れて逃げる俺ではない。現に一度勝っている相手だ。


「ここは……ハッ!? アリシアはッ!」


 目覚めたアレスが立ち上がると、モルガンはわざとらしい声音で呼びかけた。


「まぁまぁまぁ、良かったですわ」

「モルガン! あのイカれ大男はどこだ!」


 キョロキョロと周囲を見渡すアレスは、離れた場所にアリシアを発見し、安堵のため息を吐き出した。


「アリシ―――」

「あらあら、今はそれどころではありませんわよ」


 アリシアの名を叫ぶアレスの視界を遮ったモルガンが、スッと彼の前方に立ちはだかる。


「ちょっとそこ邪魔だぞ、モルガン!」

「まぁまぁまぁ、そのようなことを言っている場合ではありませんわ」

「……なにが?」

「あらあら、まぁまぁまぁ。覚えていないのですか?」

「だから何がだ?」

「あらあら、彼女を守ろうとした勇敢な貴方を、彼は突然後頭部から殴りつけたのですわ」


 とんでもないデタラメを口にしたモルガンが、しれっとこちらを指差していた。


 ――うわぁ……最悪だ。


 目が合うや否や、アレスは犬歯をむき出しに吠えた。


「リオニスッ!!」


 獰猛な獣のように喉を鳴らすアレスに、黒い魔女が嘘八百を並べ立てる。


「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方は憎き彼によって幻術の中に閉じ込められていたのですよ? それをゾッドが救出したのです。しかし、卑怯な彼によって彼は瀕死の重傷を負わされてしまったのです」

「幻術だと!? じゃああれはすべて……モルガンたちがアリシアを殺そうとしたのは……」

「とんでもない。どうしてわたくしたちが貴方の婚約者フィアンセを殺すのです。そのようなデタラメこそが、憎き彼が貴方に幻術をかけていた他ならぬ証拠ではありませんか」

「ぐっ……」

「忘れたのですか? わたくしたちの目的は悪の元凶たるリオニス・グラップラーから世界を救うことなのです」

「そうだ! 僕は正義の味方になると決めたんだ!」

「ええ、ええ。ごらんなさい」


 毒使いポイズンレディと戦うイザークたちへと手をかざしたモルガンは、白々しくも口にする。


「哀れな彼らは憎き彼に操られているのです。彼らを救い出すためにも、正義を執行せねばなりません。ニーヴが彼らを食い止めている今のうちに、さあ!」


 乗せられてすっかりその気になったアレスピエロが、主人公然とした勇ましい顔つきで俺を睨みつけてくる。


「リオニスッ、僕がお前を止めてみせる! 正義ッ……執行ッ――――!!!」

「げっ、嘘だろ!?」


 左目の眼帯を勢いよく外したアレスの瞳の中に、厨ニ病全開な六芒星が描かれていた。

 アレス・ソルジャーはまさかの片黄眼オッドアイ、魔眼持ちになっていたのだ。

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