第52話 憤怒の叫び

「貴様……なんだその魔力量はッ!?」


 開放したラスボスたる俺の魔力に触れたゾッドは、破れるように大きく眼を瞠った。


「この間は本気ではなかったということか」

「あんな町中で全力はさすがに出せんだろ?」


「このオレを相手に、手を抜いた……? グラァッ! グラァハハハハハハハハハハハハーー」

「……?」

「なめるな人間がァッーーーーー!!」

「ーーー」


 怒るかと思いきや、ゾットはダンジョン中に響き渡るほどの大きな声で豪快に笑うと次の瞬間、獰猛な目を光らせ突進してきた。

 その振るわれた重い一撃を、俺は難なく受け止めてみせた。


「よっと」

「バカなッ!?」


 肉体強化ブーストからの超肉体強化スーパーブーストによる筋力アップ、さらに巨人の元気ギガントエネルギーによって手に入れた無限のパワーを持ってすれば、狂戦士の一撃とて片手で受け止められるというもの。


 逆に俺の杖剣に阻まれた力の反動により、ゾッドは総毛立つ。まるで電気を流されたようだ。


「なんだこのビリビリはッ!?」


 ギョッと巨体が俺を見下すと、野生の勘だったのかバックステップで即座に離れていく。

 転瞬、大剣を受け止めていた剣身が『豪』っという音と共に紅蓮の炎を噴き出した。

 一瞬にして周囲の温度は急上昇、燃えさかる炎はあっという間に天井を飲み込んでいく。


「ヴェッ!?」

「ちょっと強すぎたかな?」


 煉獄炎上剣ヘルフレイムソードの加減がいまいち掴めず、天井を消し炭にしてしまった。


「これは……ありえん!? 人間如きが煉獄の炎を召喚したというのかッ!」

「こう見えても炎雷の死神と呼ばれていてな。これくらいは朝飯前だ」


 精霊の加護によってすべての精霊から愛されている俺にとって、サラマンダーから炎を借り受けることも、上位のイフリートから炎を借り受けることも大差ない。


「凄すぎますわ!」

「武の一族、これ程までとは」

「さすがリオニスだ!」

「それでこそ炎雷の死神くん! そんな牛さっさとやってしまってよ」

「お前は敵なんだじょ! 仲間みたいにするなだじょ!」

「君、タコなのに堅いよ」

「柔らかいだけが取り柄みたいに言うなだじょ!」


 クレアたちは戦闘そっちのけで、俺とゾッドの戦いに見入っている。


「ウゥ……」

「どうした? 来ないのか?」


 先程までの威勢が嘘のようなゾッドは、あからさまに煉獄の炎を嫌がっていた。迸る炎から逃れるように、ジリジリと後退していく。


 一般的に魔人や悪魔の弱点は聖水と云われているが、彼らにはその他にも弱点がある。その一つが浄化の炎だ。

 【恋と魔法とクライシスⅡ】をプレイ済みの俺はそのことを知っている。

 つまり、魔人である狂戦士ゾッドにとって、炎雷の死神たる俺は天敵のような存在なのだ。


 ――ちょっと脅かしてやるか!


 魔力円環によって周囲の炎を一箇所に集めた俺は、炎龍フレイムドラゴンを作り出した。宙を飛び交う炎龍フレイムドラゴンに、ゾッドは鼻の付け根辺りに神経質な線を漂わせている。


「き、貴様ッ! 正々堂々戦え!」

「これのどこが正々堂々ではないと言うのだ?」

「男ならば腕力で、剣で戦えと言っているッ!」

「断るッ!」

「それでいい……って、なッ、なんだとッ!?」

「だから断ると言ったのだ」

「貴様それでも男かァッ!」

「男だが? つーか性別なんて関係ないだろ? 俺は魔法使いなんだから、魔法使いとして戦うのは当然だと思う。それとも何か、お前は俺にまた手加減してほしいのか?」

「てッ……」


 苦り切った表情のゾッドが、憤怒の歯ぎしりを鳴らす。


「吐かすなよ小僧ッ! 貴様なんぞこの剣ですり潰してくれ――イィッ!?」

「あ……」


 鉄塊の切先をゾッドが豪快に掲げた刹那、炎龍フレイムドラゴンが真上を通過。彼のご自慢の大剣をまたたく間にアイスクリームみたいに溶かしてしまった。


「えー……と」


 かなり気まずい。

 脅かすだけで、彼の大切な得物を溶かすつもりはなかった。これは完全に事故なのだが、ご自慢の大剣を溶かされた本人はプルプルと震えている。噴火寸前の火山のようだ。


「…………ッ」


 重々しい音が鳴り響く。数秒前まで大剣だった物が、ゾッドの手をすり抜けて大地に転がったのだ。それと同時に怒り狂った牛男と目が合う。それはもう、正気の沙汰とは思えないような眼をしていた。


「お前が、その……掲げるからだな」

「なぜだ!」

「へ?」

「なぜ動けるッ!!」

「えっ!? あー……えーと」


 ひょっとして魔眼で何かしていたのだろうか。

 さっぱり分からなかった俺は、愛想笑いを浮かべて誤魔化したのだが、それが火に油を注ぐ結果となる。

 端的に言うと、どうやらおちょくっていると勘違いされてしまったらしい。


「一度ならずッ……二度三度とッ!」 


 闘牛士に突っ込む前の牛のように、その場で何度も地面を蹴りつけては、熱風のような鼻息を吐き出している。いわゆるブチギレているというやつだ。


「あ、あの……その、ごめ―――」


 謝罪しようと声を発した俺の言葉を、狂戦士は憤怒の叫びでかき消した。


「ブチゴロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオスッ!!!」


 浄化の炎もなんのその、巨体を揺らしながら狂戦士が突っ込んでくる。これでは牛というより象である。


「逃げるのだリオニス!」

「早くそこから離れなさい!」

「前に出過ぎだアリー! 少し落ち着いて!」

「君たちはしゃぎ過ぎ! ってか見えないじゃない!」

「敵が混ざるなだじょ!」


 燃ゆる炎の向こう側から、クレアたちの騒がしい声が聞こえてくるのだけど、今は猪突猛進してくる象のような牛が最優先。


「仕方ない。せめて痛みなく屠ってやるか」


 腰を落として煉獄炎上剣ヘルフレイムソードを構えた俺は、怒り狂って突っ込んでくる脳筋牛に灼熱の一太刀を振るった。

 圧倒的速度から放たれた一太刀は、まるで超新星の爆発スーパーノヴァのように目と鼻の先で閃光となって轟音を轟かせる。


「目がッ!?」

「なにが起こっていますの!?」

「アリー!?」

「やっぱり君は最高だよ!」

「たこ焼きになっちゃうんだじょ!?」


 眩しさに目を焼かれたクレアオーディエンスたちの悲鳴が飛び交うなか、眼前には黒いナニカがおびただしく堆積している。


「なんだこれは?」


 視界を覆う煙が雲散霧消すれば、無限に群れなす黒い手が、ゾッドを庇うように山のごとく積み重なっていた。

 浄化の炎によって悪魔の手が消えたかと思うと、また何処からともなく出現した手が覆いかぶさってくる。黒い手の無限増殖に辟易する。


 ――にしても。


 マリオネットの時いい、ブランが苦戦を強いられている黒い手といい、この悪魔の手はモルガン・ル・フェが召喚したのだろうか。

 となれば、彼女がゾッドを庇ったということか。


「なっ、なんだこの気持ち悪いのはッ!?」

「またあの手じゃない! もうウンザリよ!」

「おっ! タコルじゃねぇか!」


 どうやら途中で置いてきたイザークたちが追いついて来たようだ。


「ヒトさんが助けに来てくれただじょ!」

「別におめぇを助けにきたわけじゃねぇけどよ、ジジィと連絡が取れねぇんだ」

「それは多分、全部あの魔女の仕業なんだじょ!」


 やはりあのタコはヒトと同じ試験官だったようだ。


「かっ、かわいい!!」

「は?」

「えっ!?」

「嘘だろ!?」


 ロックスターみたいな気取ったサングラスを掛けたヒトデに駆け寄ったビスケッタは、青い瞳を輝かせながら握手を求めている。

 俺とマーベラスにイザークの三人は、彼女の趣味の悪さに思わず間の抜けた声音をあげてしまった。そんな彼女を見て、アリシアは項垂れるように頭を振っていた。


「私は伯爵家の娘、ビスケッタ・ダーブラだ! こう見えてペット募集中だ!」

「中々センスのいい娘っ子じゃねぇか。嫌いじゃねぇぜ。俺さまはヒトデのヒトさん。気軽にヒトさんって呼んでもいいぜ」

「ヒトさんっ!」


 チームメイト一同ビスケッタの美的感覚に驚いていると、


「貴様だけは必ずブチゴロしでぇやるッ―――!!!」


 脳を揺さぶるほどの大絶叫に、この場にいる全員の視線が積み重なった手へと向けられる。

 すると、その真上に巨大な魔法陣が展開され、一際巨大な黒い手が出現。


「なっ!?」


 巨大な手は無数に重なった手の下に居るであろうゾッドを掴み取ると、そのまま握りつぶすように魔人を何処かへと強制転移させてしまった。役目を果たした巨大な手が、灰となって消えていく。


「あらあら、まぁまぁまぁ。うふふ」


 あの女の仕業であることは疑う余地もない。


「ブラン!」


 無数の手を相手に孤軍奮闘するブランは、赤毛を振り乱しながら苦しそうに片膝をついた。彼女の体力は限界を迎えようとしている。


「死神くん、今度はわっちと遊んでくれるんだよね?」


 ブランを助けに行きたい俺の前に、大きなピアスを揺らしたニーヴ・シャレットが立ちはだかる。

 すると―――


「親友、ここは僕たちに任せて君はシスターを助けてやってくれ!」

「武の一族だか毒使いポイズンレディだか知らないけど、子爵家が偉そうにしてんじゃないわよ!」

「イザーク、マーベラス」


 二人がここは自分たちに任せろと名乗りを上げてくれた。

 俺は二人に頭を下げた。


「すまない」

「あっ、ちょっと!?」


 ここは二人に任せて、俺はブランの元へと走った。

 今度こそモルガンを逃しはしない。

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