第35話 かぼちゃのキッシュ
「これはどういうことなのだ!」
「もちろん、説明してもらえるんですわよね?」
現在、俺の対面にはおっかない顔のクレアとアリシア、それにすまし顔のビスケッタが並んで座っており、俺の両隣には勝ち誇るように微笑みを浮かべたマーベラスとイザークが腰を据えている。
セドリックにニケとテイラーの三人は、ひとつ離れたテーブルからこちらの様子を窺っていた。
「アリシア殿下は今回の試験テーマは知っているのよね?」
マーベラスは笑みを絶やさず、優雅に食後の紅茶を飲みながら尋ねた。
「当然知っていますわよ。だからこうしてわざわざ婚約者であるリオニスを誘いに来たんですわ」
「だけど、それは婚約者だろ? 協調性というテーマには合わないんじゃないのか?」
「それはどういうことですの、イザーク・クルッシュベルグ!」
横槍を入れてきたイザークに、眉根を寄せるアリシア。
高圧的な彼女の眼に一瞬逃げ腰になったイザークだったけれど、全身に力を込めて背筋を伸ばして立ち向かう。
「協調性とは異なった環境や立場に存する複数の者が、互いに助け合ったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かうことを言うんだと思う。だとしたら、やっぱり婚約者は違うんじゃないか? ってのが僕の意見だ」
「仰っている意味がよくわかりませんわね」
独自の持論でアリシアを煙に巻こうとするイザーク。明らかに苛立っているアリシアに気がついたビスケッタが、すかさずジュースを勧める。
甘い果実水で気持ちを落ち着かせるアリシアだが、どう見てもイライラは収まっていない。
なぜ俺を睨むのだ。
「イザークの言う通り、婚約者であるアリシア殿下はたしかにリオニスのチームメイトには相応しくないだろうな」
「あなたねぇッ!」
「アリシア殿下、今は私が話しているのだ」
思わず立ち上がって反論しようとするアリシアを、冷静にいなすクレア。
何か言いたげな表情のアリシアだったが、大きな声で立ち上がったことで注目を集めてしまう。食堂にいるすべての者の視線が一斉にアリシアに降りそそぐ。
「………オホホ」
何事もなかったかのごとく気丈に微笑んで、席に座り直すアリシア。
これが淑女の矜持というものか。
「話を戻すが、私とリオニスは協調性というテーマに相応しいと思うのだが? その点についてはどうなのだ?」
「ああ、たしかに相応しいだろうね」
「ではッ!」
「但し、誘うのが遅かったということに尽きるね」
「は?」
「考えてみてくれよ。リオニスはすでに僕とマーベラス侯爵令嬢の三人で、友誼同盟を結成している。そこに後からやって来て自分とチームを結成しようだなんて、それはいくらなんでも横暴だろ?」
全くもってその通りだと、マーベラスもイザークの意見に便乗する。
「それはそちらが―――」
「早いもの勝ちだよ!」
言い返そうとするクレアを遮り、イザークが言葉を被せる。
「ま、そういうことね。リオニス様はあたしたちと組むんだから、あんたは別をあたりなさい」
「そんなッ!?」
先程までの仲の悪さは何処へやら、一転して息ぴったりなイザークとマーベラスである。
「けれど、最終的に誰と組むかを決めるのはリオニス本人ではなくて?」
「その通りだ!」
こちらもこちらで負けじと共同戦線を張っていく。
が、俺としてはもう正直どうでもいい。
それよりもかぼちゃのキッシュが食べたい。
食べたくて、食べたくてしかたがない。
俺のかぼちゃのキッシュは先程まで座っていた席、つまり今セドリックたちがいるテーブルにぽつねんと置かれている。手を伸ばして取れる距離ではない。
ならば!
俺は先程のマーベラス同様、得意の魔力円環でキッシュを浮かせてこちらに引き寄せる。
あともう少し!
気付かれずにマーベラスの後ろからそっと大回りで近づけていると、
「本日の日替わりキッシュがもうないじゃないか!」
食堂のビュッフェコーナーで太ちょっな男子生徒が大激怒している。
「おばちゃん! キッシュがもうないよ!?」
「今日の分はそこに出てるので全部だよ」
「そんなァッ!?」
お目当ての日替わりキッシュがもうないと知り、太ちょっ君は絶望に項垂れる。
その気持ちは痛いくらいに分かる。
分かるのだが、食堂に来るのが遅かったお前が悪い。
優越感に浸りながらかぼちゃのキッシュを食べてやろう。
なんて考えていると、
「あっ!? あそこにまだ一個あるじゃないかッ!」
「え!?」
緊急事態だ。
太ちょっ君が宙に漂う俺のキッシュ目掛けて突っ込んでくる。
「リオニス! 聞いていますの!」
「リオニスは私と組みたいくはないのかッ!」
「だからリオニス様はあたしたちと組むって言ってるじゃない!」
「熱い男の友情に水を差すもんじゃないだろ!」
かぼちゃのキッシュに集中したいのに、周りから色々言われて頭が混乱してしまう。
「「「「リオニス!」」」」
「うるさなぁッ! たかが試験なんだから適当に組めばいいだろ!」
それよりも俺のキッシュが!
「あああああああああああああああああああああああッ!!」
「最高だ!」
「……うそだろ」
「きっとキッシュの神様がぼくのために取って置いてくれたんだ!」
俺の大切なかぼちゃのキッシュは、目前で太ちょっ君の胃の中に収められてしまった。
「俺の……俺のかぼちゃのキッシュがぁ………」
彼らのくだらない言い争いに巻き込まれてしまったせいで、俺は目の前で大切なキッシュを奪われてしまった。
「リオニス?」
「どうしたんですの?」
「リオニス様?」
「顔色悪いぞ?」
絶望と食べ物の恨みと怒りにプルプル震えながら席を立った俺は、キッと四人のほうを涙目で睨んだ。
「とにかく! 決まったことなんだから今更とやかく言わないでくれ!」
「けれど、私は婚約者なのですわよ!」
「婚約者だからってチームを組まなければいけない決まりはないだろ! なにより先に誘われたのは事実なんだから!」
もう我慢の限界だった。
彼女たちが苛ついている以上に、俺だって苛ついているのだ。
「それと、今日は体調が非常に優れないからこれで失礼させてもらう!」
一方的に言葉を投げつけて、俺は食堂をあとにする。
太ちょっ君の満足気な顔が不愉快で、これ以上あの場に居たくはなかった。
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