第34話 意外なチーム

「腹減ったな」


 ブランと別れた後にクレアやアリシアと合流したかったのだけれど、彼女たちが三時限目と四時限目にどの授業を受けるか聞いていなかった。


 アルカミア魔法学校には様々な授業があり、意図的にどの授業を受けるか話し合って事前に決めない限り、友人と受ける授業が被ることは滅多にない。

 おまけに校舎はアヴァロン時代の王城を再利用しているため、信じられないくらい広い上に、内部構造は曜日や時間帯によって変化する。


 アルカミアで友人とはぐれたなら、その日のうちに再会することは困難だと云われている。

 但し、例外がある。

 それが昼時だ。


「食堂に行くか」


 しかし、ここで再会できる確率は1/3。


 というのも、アルカミア魔法学校には食堂が三箇所存在するのだ。

 なぜこれほどまでに食堂の数が多いかというと、一箇所では昼休憩中に食堂にたどり着けない生徒が続出するためである。

 そのため、アルカミアには食堂が三箇所設けられている。


「こんなのあたしたちに対する嫌がらせじゃない!」

「断固抗議すべきだな!」

「きっと俺っちたちの仲を妬んだ教師が決めたんだぜっと」

「しかし、本当に困りましたね」


 一番近かった一階の食堂にやって来ると、何やら賑やかな声に鼓膜が揺れる。

 声の主は白いカチューシャにゆるふわパーマが良くお似合いなマーベラス侯爵令嬢と、彼女の愉快な取り巻きセドリック、ニケ、テイラーの三人である。


「揉め事だろうか?」


 彼らは揃って険悪な顔をしている。心なしか彼らの周辺にだけ、どんよりとした空気が漂っているようにも思えた。


「関わらないに越したことないな」


 ビュッフェ形式の食堂で、俺は迷わず本日の日替わりキッシュを手に取った。


「今日はかぼちゃのキッシュか!」


 サラダなどもトレイに乗せて、どこに座ろうかと食堂内を見渡す。

 マーベラス侯爵令嬢たちと離れた席にしよう。

 そう心に決めて身を翻したそのとき、背中越しに名前を呼ばれた。


「こっちよ、リオニス様!」

「…………」


 聞こえない振りして二歩、三歩進むと、


「あっ!?」


 トレイに乗せていたかぼちゃのキッシュが宙に浮き上がる。

 慌ててかぼちゃのキッシュの行方を目で追うと、ふわふわと宙を漂うかぼちゃのキッシュがマーベラス侯爵令嬢のテーブルへと向かっていく。


 やがて彼女の前方で、かぼちゃのキッシュがぷかぷかと浮いている。

 マーベラス侯爵令嬢が魔力円環によって、俺の大切なかぼちゃのキッシュを自身のテーブルに運んでいたのだ。


「リオニス様の大好物のキッシュは、このあたしが責任をもって運んでおいたわ!」

「さすがヒルダ! 見事な魔力円環です」

「リオニスも運ぶ手間が省けて随分嬉しそうじゃないか」

「できる女は一味違うぜっと!」


 人質を取られてしまってはどうすることもできない。

 俺は肩を落として盛大に嘆息し、やむを得ず彼女たちに向かって歩き出す。


「礼なんていいわよ! あたしとリオニス様の仲じゃない!」

「………ああ、うん。でも、まあ、その……ありがとう」


 ガックリと諦めて、俺はマーベラスの対面に腰を下ろす。

 すると、マーベラスがパーソナルスペースをぶち破る勢いで身を乗り出してきた。


「いくらなんでも酷いと思わない? これはきっとあたしたちを陥れるための陰謀だと思うのよね! リオニス様もそう思うわよね!」


 彼女が一体何を言っているのか俺には分からない。


「何の話だ?」


 正直興味はない。

 ただ、知らないのに適当に頷くということができない性分なので、仕方なく聞き返す。

 が、俺の頭の中はすでに目下のキッシュのことで一杯だった。


「あぁっ!?」


 かぼちゃのキッシュにフォークを突き刺そうとしたらば、マーベラス侯爵令嬢がひょいっと皿を引いた。フォークは硬いテーブルにパリィされてしまった。


「何をするのだ!」

「これよ、これ!」


 バンッ!

 かぼちゃのキッシュの代わりに紙切れが目下に現れた。


「なんだよ、これ?」

「リオニスは先程張り出された前期の試験テーマを確認してないのか?」


 とはセドリック。


「リオニスはきっと寮生じゃないから知らないんだよっと」


 続けてニケが言った。

 それになるほどと頷いたテイラーが、眼前の紙切れを人差し指でトントンと叩いた。


「前期の試験テーマを四時限目以降に張り出すと、ヴィストラールが今朝食堂で言っていたんですよ。で、これがその張り出されていたプリントというわけです」

「なになに?」


 今回の二年生の試験テーマ(前期)は協調性。

 二年生は試験当日までに三人一組のスリーマンセルチームを組み、試験に挑まれたし。

 チームを結成できなかった者はその時点で協調性なしと判断。試験は不合格とする。


「これは酷い!」


 こんなものはぼっち殺しのルールではないか!

 教師たるものすべての生徒に配慮した試験を作るべきだ。


 まさか俺を嵌めるために教師連中が結託してこのような試験内容を閃いたのではないだろうな。

 うーん……十二分にあり得る可能性なのが恐ろしいところだ。


 何とか取り入って師範ガーブルからは気に入られたものの、他の教師陣からは未だに嫌われている。おまけに今は休職中でアルカミアには居ないが、俺はサシャール先生が可愛がっていたペットを殺した身。きっと彼女も俺を恨んでいることだろう。


「こんなの許せないし許すべきじゃないわよ! スリーマンセルだったらあたしたち四人組はどうすればいいわけ!」

「……ああ、そっちか」

「そっち?」

「いや、なんでもない?」


 仲良し四人組のこいつらには、ぼっちの辛さなど到底分かるわけもないだろうな。


「あぶれた一人は別の誰かと組むしかないんじゃないか?」

「そんな他人事のように!」

「俺っちたちは子供の頃からずっと一緒だったんだぜっと!」

「そうですよ! 今更一人だけ別の誰かとだなんて……」


 そんなこと俺に言われても困る。

 なにより俺は正真正銘他人である。


「でも、そうよね。リオニス様の言う通り、ここは別の誰かと組むべきなのかもしれないわね」


 たかが一度別のグループで試験を受けるだけで、一体どれ程深刻そうな顔をするのだ。

 そんなことより、俺のキッシュを返せと手を伸ばすと、


「ん……?」


 マーベラスに手を掴まれて、そのままがっしり握手。

 なんの真似だよと顔をキッシュからマーベラスに向ければ、凛々しい表情の彼女がそこにいた。


「リオニス様にそこまで言われたら、あたしもこの手を取るしかないじゃない!」

「は?」

「セドリック、ニケ、テイラー! あたしなら大丈夫だからあんたたちは三人で試験を受けなさい!」

「「「ヒルダ!」」」

「リオニス様に俺と組もうと手を差し出されたら、断れるわけないじゃない!」

「………いや」


 これはかぼちゃのキッシュを取ろうとしただけだ……なんてとても言える状況ではない。

 目尻に涙を溜め込んだ彼らに頭を下げられたら、尚更である。


「……ああ、まあ、その、頑張ろうな」


 なぜこんなことになってしまったのだろうと弱りきった表情をしていると、何やら聞き覚えのある甲声が響き渡ってきた。


「そんなところに居たのか、心の友リオニス!」


 サラサラなキノコヘアを振り乱しながら、テラス席に全力疾走で向かってくるのは、友人のイザーク・クルッシュベルグ。


「探したよ、リオニス!」

「そ、そうか……。今日はその、また随分と近いな」


 イザークは俺と同じであまり友人が居ないらしく、親しくなった友人との距離感が時々おかしい。

 今もイザークの顔面がでかでかと俺の視界を遮っている。


「今度の実技試験のことは知っているだろ!」

「えーと、チームを組んで何かさせられるやつだよな?」

「三人一組らしい!」

「……らしいな」


 てか、近い。おまけに鼻息がすごい。

 精いっぱい後ろに仰け反っているのだけど、その度ぐんぐんとイザークが迫ってくるから、俺はかなりアクロバティックな体勢になってしまっていると思う。


「僕たち親友だよな?」

「えー……と、まぁ、そうなの、かな?」

「親友だろ! あのとき親友だって言ったじゃないか!」

「いや、まあ……」

「嘘付きは虚偽罪で牢獄行きだって知ってるかい?」


 圧がすごい。


「もちろん、親友だとも」


 果たしてここでNOを突きつけられる鬼メンタルな人などいるのだろうか。

 仮にそう思っていなかったとしても、知人にお前は自分の親友だよなと詰め寄られたなら、大半はYESだと頷くだろう。

 遠回しに憲兵に突きだすとまで言われているのだから。


「ならば、親友の僕に何か言うことはないのかい?」

「……うーんと、なんだろ?」

「お願いしたいことがあるだろ? なにか困ったことがあったらいつでも言ってくれと言っただろ! 僕とリオニスとの仲じゃないか。さあ、遠慮しないで言ってくれ! 僕は親友の力になりたいんだ!」


 頼むから、こんなところでそんなフラグを回収しないでくれ。


 さて、困ったものだ。

 これはどういう回答が正解なのだろう。思案しながら少し離れてくれとイザークを押し返す。席に座り直した際に、マーベラスと目が合ってしまった。


「ま、あたしは別に構わないけど。そもそももう一人必要なわけだし」


 聞いてもいないのに勝手に答えるマーベラスに、イザークは疑問符を宿した瞳を向けてくる。


「まさかとは思うけど、この親友の僕を差し置いて、マーベラスを誘っていたわけじゃないよね?」

「当然誘われたわよ!」

「なっ!?」


 この世に怨霊が存在したなら、きっと今のイザークのような目をしているのだろうと思ってしまう。彼はそんな目で俺を睨みつけていた。


「ス……スリーマンセルと聞いていたからな。イザークを誘う前にもう一人誘っておこうと思ったのだ。でなければイザークに最後の一人を連れてきてもらわねばならんだろ? 親友とはいえ、さすがにそこまでは頼めないからな。なによりマーベラスとは共に友誼を結んだ、いわば同盟のようなものだろ!」


 俺はなぜ、これ程までに必死に言い訳をしているのだろう。


「友誼同盟か! でも、それならもっと早く言ってくれないと困るよ」

「?」

「危うく寮に戻って、今すぐリオニスの藁人形に五寸釘を刺すところだったじゃないか」

「いや、怖いわ!? つーかなんでそんな物騒な人形作ってんだよ!」

「以前魔法剣の授業で恥をかかされただろ? 仕返ししようと思っていたからさ。でも、リオニスの毛髪がなかったから、その時は完成しなかったんだよ」

「…………」


 おい、なんだよ。

 そのもう完成しましたみたいな言い方は。頼むから処分してくれ。


「ま、せいぜいあたしの足を引っ張らないでよね」

「僕はクルッシュベルグ家の長子だぞ! 足なんて引っ張るわけないだろ!」

「ただの商人の息子でしょ?」

「なっ、なんだと!? クルッシュベルグ家は正真正銘国王陛下から男爵の爵位を与えられた貴族だッ! 例え侯爵令嬢であったとしても、バカにすることは許さんぞッ!」


 クルッシュベルグ家の爵位を鼻で笑い飛ばすマーベラスに、相変わらず無駄にプライドが高いイザークが憤慨。

 控えめに言って、この二人は相性が悪すぎる。


「言っておくけど、リオニスとチームを組むのは私とビスケッタですわよ!」

「それを決めるのはアリシア殿下ではないだろ!」

「私は婚約者なのですから当然ですわよ!」

「破棄したりそれを取り消したりと、随分都合のいい婚約者なのだな」

「なんですって!」

「事実ではないか」


 騒がしい声音が聞こえてきて、そちらに目を向けると、アリシアとクレアが競うようにこちらに向かってくる。

 そして、開口一番にこう言った。

「リオニス、私たちと組みますわよ!」

「リオニス、私たちでチームを組むぞ!」


 俺はもう勘弁してくれと、テーブルに突っ伏してしまった。

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