第33話 とある疑問と疑念と疑惑について
「リオニス・グラップラー、ちょっとええか?」
授業を終えて教室から出ようとした俺を、新任教師のブランが呼び止めた。
「ん?」
「なんですの?」
「なにかリオニスに用か?」
振り返った俺たちを瞥見したブランは、教科書類を片しながら、
「リオニス・グラップラーだけでかまへんから、自分らはさっさと次の教室に移動したらええで」
と、何気なしに言った。
俺たちは顔を見合わせては、困ったように首を傾けた。
「私たちは別に構いませんわ」
「次の授業にも一緒に行くつもりだからな」
「せやったら尚更、自分ら三人だけで行った方がええわ。というか話があんのはうちやのうてヴィストラールやねん」
「ヴィストラールが俺に?」
「せや。せやから時間掛かるかもしれへんやろ?」
そういうことならと、俺は彼女たちとはここで別れることにした。
少し不満そうな彼女たちを見送ってブランに向き直ると、ありえない程ドアップのブランの顔があり、思わず仰け反ってしまった。
「うわぁ!?」
彼女はちょっと顎を引いて、真剣な眼差しでしばらく俺を上から下まで眺めまわした。今にもポケットから巻尺をとりだして体の各部のサイズを測りはじめるんじゃないかという気がするくらいだった。
授業中にも時折彼女の視線が気になっていた俺は、思いきって俺の顔に何かついているかと聞いてみた。
「ほな、行こか」
しかし彼女は俺の問には答えず、笑顔を崩さず何事もなかったように歩きはじめる。
すっかり生徒がいなくなってしまった長い廊下を、俺は彼女に続いて歩いた。
物静かな廊下には、二人分の靴音だけがコツコツと鳴り響いている。
「……」
「…………」
続く沈黙。非常に気まずい。
「そやそや、ヴィストラールから聞いたで!」
沈黙を破るように彼女が口を開く。
「なにを?」
「なにをて……。グラップラーが石化事件を解決したんやろ? ホンマすごいわ。大したもんやで」
心にも無さそうな口調だったせいか、俺は複雑な表情を隠せなかった。
「バジリスクを単騎で討伐したんやてな」
「別に大したことじゃない」
「そりゃ同感やわ。飼いならされたバジリスク如き、自慢するようなことやあらへんもんな。それよりも、真犯人がいたんやろ? 生徒名簿にも載ってへん謎の五年生。名前……なんて言うたっけ?」
「モルガン・ル・フェだ」
「そうそうモルガンやぁ! ほんで、そのモルガンいうんは今どこに?」
「どこって……ヴィストラールに報告した通り逃げられたけど?」
素直に答えると、ブランは立ち止まりゆっくりこちらに振り返った。
穴が空くほどじっと見つめてくるブランに、俺は妙に喉の渇きを覚えていた。
この感覚……少しモルガン・ル・フェに似てると思った。
この嫌な感じをあと千倍濃くしたら、きっとあの感覚に近づくのだろう。
「……なんだよ?」
物言わぬ彼女のプレッシャーに、思わず喉が鳴ってしまう。
「逃げられたんやなくて、ホンマは自分が逃したんとちゃうんか?」
「は?」
「怪しい言うてんねん」
唐突に何を言い出すのだと、俺は困ったような目つきになった。
「そもそもモルガンは何で石化事件を引き起こしたんや? 彼女が石化事件を引き起こす意味がうちにはよう分からん。単なる愉快犯か?」
「そんなもん、俺だって知るわけないだろ」
「そもそもモルガン・ル・フェ……そんなやつホンマにおったんか?」
「何が言いたいんだよ」
ブランは眉をひそめた疑わしそうな目を向けてくる。
「聞くところによると、自分ごっつい評判悪いらしいやん」
「…………」
「婚約者のアーメントにも盛大に婚約破棄されたんやろ? けど不思議なことに、石化事件を期に二人の距離はグッと近づいたらしいなぁ? しかも、校内での評判も石化事件の前と後では全然ちゃうらしいやん」
「それがなんだよ?」
「いやいや、仮に自分の自演自作やったとしても、十分成立する話やないかなと思ってな」
「なっ!? そんなわけないだろ!」
「せやかて現に、石化事件以降行方不明になっとる生徒が居るっちゅう話なんやろ? 名前なんちゅうたっけぇ? 自分の婚約者と恋仲やったちゅう噂の男子生徒の名前は」
俺の脳裏には、ある一人の男子生徒の顔が浮かんでいた。
「アレス・ソルジャーか?」
「あぁそうそう! そんな名前やったわぁ! よう知ってるやん」
白々しく手のひらを叩いてはチクリ刺してくる新任教師に、俺は口元を曲げてしまう。
「で、アレス・ソルジャーは何処に消えてもうたんや?」
「だから……俺も知らないって」
「おかしいな。ヴィストラールには自分がアレス・ソルジャーを伸してベンチに寝かせたって豪語しとったらしいやん? ちゃうんか?」
「そんな言い方――」
「――せやのに気付いたら恋のライバルは居らんようになっとったって、いくらなんでも自分に都合良すぎへんか?」
言葉を被せて俺の反論を打ち消すブランに、あきれを通り越して怒りが湧いてくる。
しかし、言われてみるとたしかに、すべてが俺に都合のいい展開のように聞こえるのも事実。
だが、それも事実なのだから仕方ない。
「一番謎なんはな、仮に自分の話が全部事実やったとしても、ほんならモルガンはなんで自分に何もせんと消えたんや?」
「何もしなかったとはどういうことだ?」
「いや、せやから……その、自分の話がホンマの話やったら、モルガンは明らかに自分を誘き出すために事件を起こしたみたいなもんやん」
「俺を誘き出す? なんの為に?」
「そんなも自分を殺すためやろ? せやからモルガンは秘密の絵の中で自分が来るのを虎視眈々と待っとったんとちゃうんかって聞いとんねん?」
たしかに、なぜモルガンはあの日あの時あの場所にいたのだろう。
ブランの言う通り、俺がやって来るのを待っていたのか? だとしたらなんの為に?
「嘘やない言うんやったら、モルガンと何を話したか言うてみいや」
「………」
茶会での出来事を思い出す。
モルガンは俺に掛けられた呪いのこと、石化事件の犯人が自分だったこと、この二点について言及した。
「どないしたんや? 言われへんいうことは、つまりそんな事実端からなかったいうことなんとちゃうんか?」
呪いの件についてはヴィストラールとクレア、それにモルガンしか知らない事実。
今日来たばかりのブランに打ち明ける気には、到底ならなかった。
俺にとってはデリケートな問題なのだ。
「モルガンとは……その、石化事件に関することと、プライベートなことを話しただけだ」
「プライベートなことってなんや!」
やけに前のめりな姿勢で聞いてくる。勢いに気圧されて半歩下がってしまう。
「それは……」
「答えぇやッ! なんで答えられへんねん!」
ヒートアップするブランが胸ぐらを掴み取ってくる。
「おい、ちょっ――」
「お前は二人きりの茶会であいつと何を話したんや! 言うてみぃッ!」
――ん?
「あいつ?」
「…………」
「モルガンを知っているのか?」
「………………」
今の今までの勢いは何処へやら、途端にへらりと笑顔を貼りつけた彼女は、ゆるゆると手を離し、その場でクルッとぎこちなく回って背中を向ける。
「おい!」
散々モルガン・ル・フェなる人物は実在しないんじゃないかとまで言っていたくせに、たしかに彼女はモルガンのことを
会ったこともない人物を、ましてや存在すら疑っていた人物を、果たしてあいつなどと言うだろうか? 少なくとも俺は言わない。
「うちは急用が出来たからこの辺でお暇させてもらうわ」
「ヴィストラールのところに行くんじゃなかったのか?」
「細かいことは気にせんでええねん! ほな、またな!」
ブランは逃げるように走り去って行ってしまった。
「何なんだ?」
その後、俺は一人で校長室に向かったのだが、ヴィストラールは不在だった。
念のため職員室で
「あのインチキシスターめッ!」
新任教師ブランに対する猜疑心が強くなる出来事だった。
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