前、一時間と少々

「うん、ダメだ」


諦めは自分でも驚くほどに早い。これ以上は無理だと悟るのはとっても簡単だった。


 無理なものは無理、出来ないことは出来ない。時間が過去へ戻らないのと一緒で、これもまた、ただの結果でしかない。


 だから私はまたもやただその結果に沿って自分が来た二階の廊下へと戻る。そして行くあてもなくしばらく立ち尽くして、でも出て来た部屋へと戻るのはまた違う気がして、階段を通り過ぎて何となくそのまま真っ直ぐ闊歩して物が雑多に置かれた部屋へと足を踏み入れる。

 この部屋だけは、ベランダへと通じる大窓に掛かったカーテンの隙間から光が漏れ出していて、薄暗いながらも足元はしっかりと見える。おかげでまばらに積まれた段ボールにも躓かないでベランダの前まで来ることが出来た。


 施錠されていた鍵を外し、ガララという音ともに窓を開いて、足元に置かれていたサンダルを履いて外へと出る。


 ベランダの手すりに体重を預けて、眼前に広がる住宅街へ目を向ける。

 街灯がポツポツと点在しているが全体的に仄暗さが優って陰鬱とした雰囲気を醸し出していた。


 上空を見上げる。


 鈍色の空が寒々しいなと思った。


 実際に寒いのかどうかはよく分からなかった。


 そもそも私は今どうして自分がベランダにいるのかも分からないし、空を見上げる理由も、この家にいる理由も、全部全部解き明かしてはいない。一向にそれをする気がないのは、そもそも理解する気すら無いからなのだろう。


「…………………………」

 だからただ黙って眼球が取り込む景色を受け取る。そうしているうちに空はどんどん明るくなって、あぁ、見えちゃった。


 私のおうち。


 あそこが本来私のいる場所なのかぁ、とやけに冷静に事実を受け入れる。さっきは足が動かなかったが、今なら行けるかもしれない。というか、多分イケる。


 目を閉じて、爪先で手すりをコツコツ叩きながら私はイメージする。少しでも早くあの家に戻るためにすべきことを。


 簡単だ、ここから飛び降りるのだ。そして、足が使えないならば這いずってでもあそこへ、私の家へ戻るのだ。


 まず、この手すりと策へ足を置き、そしてバランスをとりながら両足で立って、一歩踏み出す。


 足に力を入れて動くことを確認する。さっきとは違う。両足が上がる。


「うん、出来そう」


 出来る想像と確認が済んだなら実践も出来る。

 とりあえず身を乗り出そうと少し前かがみになる。すると、



「随分お早いお目覚めで」



 声がした。夢から覚めた気分だった。


 声のした方向へ振り返る。



 そうして、気分ではなく、私はやっと夢から覚めたのだった。

 

 





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