故障7

 自分の肌で感じる彼女の身体が私の心に確かな平穏を見せ始めている。


 かといって感じ取った恐怖や胸騒ぎまでを消し去ることは出来ない。なぜならば、さっき生じた懸念は決して忘れてはいけない、そう私の直感が告げているから。


 あれは見逃してはいけない何かだったと、幼い日の自分が袖を引っ張っている。地獄に近い場所からやって来た郷愁が私に訴えている。



 彼女のあの表情には見覚えがあるだろう?と。



 しかし確信の抜けている不安なんて、どう対処すればいいのだという話で、見えない恐怖なんてのは予感とさえ言えない。ゴーストの囁きは言ってしまえば所詮勘。


 それは夢の中であった思い出せない出来事と同じで、双方実体が全く無い。変な夢を見たせいで私の心が不安定になっていたと言えば全部それまでなのだ。


「……でも」確かに感じた。

 あの目は、

「………………」 


 吐息と共に吐き出した小さな独り言は彼女の耳にも届かず布団の中で消えて無くなる。


 彼女を抱き枕にしている自分の腕に目を向けると、その穏やかな呼吸と共に隆起して、息吹を分けた生き物のように動いていた。

 とりあえず、こうしていれば彼女が私の元からいなくなってもすぐに気が付ける。今の私に出来るのばこれくらいの事だ。 


 彼女の側にいる。彼女から目を離さない。


 それは言ってしまえば、そこら中で散見できるのバカップルの行動と一致していて、色々湾曲した結果、大切な人を守るための根本はきっとどれも似たり寄ったりなのだろうという考えに至る。


「スゥー……」

「寝るのはやっ」

 安らかな寝息がすぐ前から聞こえて思わず小声でつっこむ。


 さっきまでガッチガチな緊張状態だったのに、寝付きがあまりにも良すぎた。それ自体は良いことかもしれないが、彼女はもともとこんなに眠ってばっかの子では無かったはずだ。


 だから、この過眠にだって、理由があるのかもしれない。


 人は案外、不安を抱えている時だからこそ、すぐに眠ってしまえるものだから。


「……………………」

 そこまで考えて、私も目を瞑る。そうすれば彼女同様、すぐに自分が急激な眠気に襲われることは分かっていた。はい、三、二、一


「ぐう……」


 仄暗い世界で、ただこの手に納まる彼女を抱き寄せて規則的な寝息に耳を傾け、彼女の寝息に同調するように私の呼吸も少しずつ深くなる。そして気付けば意識は微睡へ溶けて行った。

 

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