故障3
「…………?」
不思議というか、奇怪に思いながら、開いたふすまの間に身を滑り込ませると、雑多に置かれたガラクタがつま先にぶつかりカタンと軽い音を立てた。
「さむっ」
この部屋だけ他の場所より一段と冷え込んでいて、思わず自らの二の腕をさすりながら呟く。
「おや」
てっきり、人々に放置されたせいで自らの用途を忘れ存在意義を見失った悲しいガラクタ達の募りに募った無念がこの部屋を薄ら寒くしてるのだとばかり思っていたが、どうやらそれは違ったようだ。
「……なんで窓なんて開いてんだ?」
ベランダを隔てている大きな窓が三分の一ほど開いていて、その手前のカーテンを揺らしているのが目につく。洗濯物をしていた母親が閉め忘れてしまったのだろうか?
「……………………」
不明瞭なことが重なり、不審にまで到達したその心中は一旦置いておいて、予定調和に沿うようにゆっくりと窓際に近づく。なぜか足音までも殺して。
そしてカーテンもろとも若干開いた窓に指をかけて、がららーという建て付けの悪い音と共に横にスライドして、ベランダへ顔を出すと、
「……随分お早いお目覚めで」
ベランダの手すりに両手を置き、頬杖をつくようにぼんやり外の景色を眺めている彼女の姿を発見した。
「あれ?桜ちゃんじゃん」
後方で首をにょきっと出している私の姿に気が付いた彼女が、纏めていない後ろ髪を風に揺らし首を曲げてこちらを見る。その目元は登りかけている朝日を一筋浴びて、眩しそうに皺が寄っていた。
足元を見てみると、ベランダに置いてあった便所サンダルを素足の上から履いており、外気に露わになった細い足首が随分寒そうに露わになっている。
「おはよ」
歯をちらりと見せて清々しい笑顔で挨拶をした彼女の指先は所在無さげに手すりを突いていて、私が聞いたのはこの音だったのかと察する。
「……こんなとこにいたら風邪引いちゃうぞー」
挨拶も返さずに茶化してる風に注意をする。いつからベランダにいるのか知らないが、春とはいえまだ朝は冷えるし、彼女も私も薄着で、ずっと外に出ていられるような格好では無い。ご自愛の心がちょっと足りなさすぎだ。
「えー、私身体強いから大丈夫だよー」
「そういうことを言ってる人からなるのがセオリーです」
頬を膨らませ可愛く抗議した彼女に言い返すと、さらに頬が丸くなった。どうやら今求めているのは小言ではないらしい。
しかし、このまま放っておくわけにもいかないので、窓枠に吊るくってあったフックから、室内干しされている自分の上着を適当に手に取り、顎に押し当て乾いているのを確認する。そして足元に置かれたボロボロのサンダルを履いて、私もベランダへと出る。
「はい、これでも羽織ってなさい」
彼女の隣まで歩いて、その肩に、広げた上着を雑に掛ける。
「うわあ」
眼前に広がる風景に視線を向けていた彼女が、急に自分の上に覆いかぶさった布に驚きの声をあげた。どうやら隣にいた私にも気が付かないくらい熱心に、朝日の登頂と共に端から露わになる町の姿に見入っていたようだ。
「何かそんなに気になるものでもあった?」
私も彼女の隣で頬杖をついて、ぼんやり薄暗い街を眺めながら語りかける。
こんな時間に食い入るように二階のベランダから外を見るということはそれそうなりに見応えのあるものを発見したのだろう。具体的に言えば未確認飛行物体とか、掲載されたら一攫千金できるやつ。
「残念ながら月刊誌に投稿できるようなのは何もないかな」
私の掛けた上着をぐいっと首まで引っ張って、眉を下げて話す彼女。どうやらこちらの下種な考えなんてお見通しらしい。露骨に手でひさしを作り目を凝らして上空を見上げていればそりゃバレるか。
「じゃあ毎朝朝日の登頂を見るのが日課だったり?」
しかし特に恥じることなくまた聞いてみる。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」そこで彼女は一度、言葉を区切る。そして、
「ただここからうちが見えたから、なんとなく」
「え?あっ、本当だ。少しだけ見えるかも」
ベランダの枠から手を出して指を差したそのはるか先に焦点を合わせると、赤い屋根の先端だけだが確かに彼女の家がいま私達が立っているベランダから目視出来た。うちは少し高台に建っているので二階から町全体を見下ろせるのは知っていたが、まさかだいぶ離れた彼女の家まで見えるなんて。ちょっと感動。
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