故障
故障1
「…………っ!?」
バサッと音を立てて我が上半身と共に起き上がる掛け布団。
「ぐっ……!」
空気が喉で詰まって一瞬肺が膨張したまま静止するが、なんとかすぐに口から抜けて、呼吸という一連の動作を行うことが叶う。しかし穴の空いた浮き輪のようなひゅーひゅーという音が身体のどこかから鳴っていてそれはまるで安定しない。心臓の音も耳の側で地鳴りのように低く響いていて、大きく鼓動するたびに針で突かれるような刺激が胸に走った。
「な、なんだ……?」
額から落ちる冷たい汗を手の平で拭いながら、わけも分からず声を出してみる。途中で裏返って掠れていたが、それでもなんとか発声は出来ていた。
確か、夢を見ていた。寝ている時に見ていた夢なのではっきりとは思い出せないが、逆に言えばぼんやりとは思い出せる。
いつもの夢だ。小学生の頃住んでいたアパートでの出来事とか学校での出来事とか、それに由来した彼女の事とか、多分そんなのだった。それ自体は別にいい。よくある事で、PTSD、心的外傷後ストレス障害の症状の一種。医者から宣告されているし、そうでなくても私自身が自分でよく分かっている。
しかしこの胸騒ぎはなんだ。私は一体自分の夢で何を見た?
「……お、思い出せん」
下半身を掛け布団に突っ込んだまま、脳みその中をひっくり返してみても浮かんでくるのはいつもの最低な夢の中の情景で、肝心の凍りついた背筋の原因が出てこない。
しかしそれでも、何か特別に心許ないものを見たのは確かに覚えていて、この冷や汗の量から察するにそれは確実に私にとっていいものではなかったはずだ。
「うわあ、きもちわるぅ」
まるで誰かに操作されたように要だけ抜け落ちた記憶にもやもやして、所在なく頭を掻きむしってみて、その場でポンと拳で真下の布団を叩いてみる。抜けた記憶のあった場所には、変わりになんとも言えない歯痒さと苛立ちと、そして強い不安が嵌め込まれていて、とてもではないが爽やかな目覚めとは程遠い。
「はあ……」
思い出せないものは仕方ないので、とりあえず時間を確認しようと、後ろに手を伸ばしてベッドサイドに置いてあるはずのスマホを指先で探す。閉めたカーテンの奥はまだ薄暗く、朝日が十分に行き渡っていないようだ。
「あれ?」
しかしいくら手を伸ばしても指先は宙を掴むばかりで、不審に思う。というかそもそも思いっきり後ろに手を伸ばしているのにベットの柵にぶつからないというのがおかしい。もしや私はまだ寝ぼけているのだろうか?
暗闇に慣れてきた目を使って、上半身を起こしたまま辺りを見渡してみる、までもなく、すぐ隣に自分がいつも使っているベットの側面が視界に入り、「あぁー……」やっと全容を思い出してきた。
そうだ、そういや昨日から彼女が泊まっていて、昨夜紛れもなくこの私が彼女を自分のベットへと運んで、自分は和室から持ってきた布団で寝ていたのだった。
一つ現実の核を思い出せば周りの記憶もぞろぞろと後から付いてきて、しかしそれでも夢の中の核心だけはいつまでも抜けたままだった。
「むう」
半ば諦めがら、今度は後ろではなく横に手を伸ばす。そして昨晩放りっぱなしだったスマホを手に持ち時間を確認してみると、
「四時半……」
そりゃ寝ぼけていて当然だと胸を張って言いたくなるような時間帯だ。
普段は一度寝たらなかなか起きないはずの私が珍しい。もしかしたら隣で彼女が寝ているという、いつもとは異なる環境が神経に影響しているのかもしれない。
「……ふわぁ」
それでも眠気は瞼の奥にくすぶっていて、ジワリと広がり頭をぼやかす。真横の彼女だってまだ眠っているだろう。私は群れをなして公園で体操をしている早起き老人でもないので、こんな時間に起きてすべきことはない。
いや、一つだけあるとすれば目覚ましが鳴るまで二度寝をする。
「寝よ」
もう一度布団に潜り込み、身体を横にして身を任せる。
眠ってしまえば、もしかしたら今夢の中で見てきたことも思い出せるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に抱きながら。
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