慕情20
「それ、多分やっぱり怒ってるんじゃないんだよ」
「そうなの?」
不思議そうに聞き返す妹はまだ中学生で、好いた腫れたなんて深くは知らないからこそ、その答えに辿り着かなかったのだろうと、自分の中で結論づける。
「いいか妹よ、普通なチューしてるところっていうのは、他人に見られると恥ずかしいものなんだ」
……自分で言っていて流石に中学生を舐めすぎでは?と考えもするが、妹はその場で半歩後ろに下がって、「そ、そうだったのか……!」とショックを受けていた。……今時の中学生って皆こんな感じなのだろうか 不安になる。が、別に深刻に受け止める事なく私は口を開く。
「そう。だからきっと目を合わせなかったのも恥ずかしがってるんだと思うよ」
「ほんとに怒ってない?」
「ないない、大丈夫」
聞いた妹の瞳が一瞬揺れて、この子なりに彼女のことを気にしていたことが垣間見えた。
「なら良かったぁー」嬉しそうに顔をくしゃりとして笑った妹を見て、私も心につっかえていたものが取れるような気分だった。
この妹とのやりとりにより、私の推察が正解だと、より一層強調されているようで心が格段に軽くなる。
「じゃあ、今度こそほんとに寝るから。おやすみ」
冷蔵庫漁りを再開した妹にあくび混じりにそう言って、先に台所を後にする。一安心したせいか、隙をついて去来してきた眠気をぼやっする瞼の裏で感じた。
「ん、おやすみ!」
背後から聞こえてくる、夜中らしくない旺盛な声を鼻で笑いながら、暗い廊下に出て、のっそのっそと階段を上がる。本格的に身体が寝るモードに入ったのか、表面の肌がじんわりと温かくなって来ている。実を言うと昨晩、緊張であまり眠れなかったので、もう眠気が結構限界だった。その緊張の出発点に誰がいるのかはもはや言うまい。
「お待たせぇ」
あくびをかみ殺しながら自室に戻る。眠気のせいで意識が朦朧としているため、さっきまでの煩悶とした感情も今は沈んでいて、部屋に足を踏み入れるのに躊躇は無かった。
「って、あれ?」
返事がない。
首を下に向けてみると、背中をこちらに向けて、ミニテーブルに突っ伏して、無言のまま固まっている彼女がいた。
「……おや」
静かに近づいて、横から覗いてみると、目は完全に瞑っていて、口からはすぅすぅと安らかな寝息が漏れていた。肩もゆっくり上下していてその姿は完璧に、
「眠っている」
起こさないように、ゆっくりと隣に足を崩して座って、背中を丸めて猫のように眠る姿を黙って見つめる。
私を待っている途中で眠ってしまったのだろう。そういえば最近よく眠れると、本人も言っていた。
「ふふっ」
言葉通り本当によく眠っていた。何か夢を見ているのだろうか、時折ピクリと揺れる長いまつ毛が可愛らしくて、その顔はいつまでも見ていられる。
「……っと、いかんいかん」
しかしこっちはこっちで眠気がピークなので、このまま彼女を見ていると、次瞬きして目を開いたら、すでに朝を迎えているなんて事になりかねない。二人揃って硬いテーブルを枕にして寝たりしたら、明日の朝、身体がバキバキになってしまう。
「……布団敷こ」
ふかふかの布団の包み込むような温もりを想起して、なんとか気力を振り絞って立ち上がる。そしてベットに置いたままの布団一式を床にセッティングして、再び彼女の前へと戻ってくる。よく干した、お日様の匂いがする掛け布団が、さらに眠りに誘おうとしてくるが、まだこの身を任せるわけにはいかない。
「……ふぅ」
足を伸ばして、くの字に身体を折るようにして眠っている彼女を見下ろし、深く息を吐く。
「よい、しょっと……!」
そして自分の片手を白く伸びるその両足の下から差し込んで、もう片方の手で頭を支えて、テーブルにぶつけないように彼女を上に持ち上げる。
実際にやったのは初めてだが、これは多分、いわゆる、お姫様抱っこというやつ。
「うっおぉ」
本当は造作もなく持ち上げて運びたいところだが、女子高生一人分の重さを日常的に持っている訓練兵のような私ではないので、一歩踏み出そうとすると当然その場でよろける。平均よりだいぶ身長が高いせいか余計にバランスが取りづらい。それでもふくらはぎにグッと力を込めてなんとか身体を真っ直ぐに保ち、そのまま一歩一歩確実にベットへ近づいていく。腕の中の彼女は驚くことに、こんな状況でもぐてっと私の腕の中で脱力したままよく眠っていて、起きる気配がまるでない。
「っと……!」
敷いた布団を踏んづけて、やっとの思いでベットまで到着し、腰をかがめてゆっくり彼女を私のベットへ下ろす。
そしていよいよ最後まで起きなかったその身体にそっと薄手の毛布を掛けて、これでようやく私も眠りにつける。そう思うと、一気に瞼が重くなり、頭の中も白い霧がかかったように思考の放棄が始まる。
手を伸ばし、ベットサイドに置いてあるリモコンを掴んで、部屋の明かりを落とす。その前に、
「おやすみなさい」
安らかな顔をして眠る彼女を一瞥して言うと、自分でも聞いたことがないくらい穏やかな声が口から落ちる。しかしそれを気に留める余裕もなく、すぐに手に持ったリモコンでパチンと部屋の照明を落とした。
そしてベットの真下に敷いた布団に潜り込むと、彼女の寝息が子守唄となり、気が付けば、いや気付かぬうちにすぐに私も深い眠りに落ちていた。
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