慕情13
「ううっ!」
ほぼ無意識で己が両手をかばっと羽ばたかせ、猛スピードで彼女の身体に接近する。そしてそのまま、
「わわわわわ!桜ちゃん!?」
「ああ、なんと慈悲深い……!なんとありがたい……!ありがと!私、頑張るから!!」
「うううう、うん。ここに来てまさか過去最高の積極的な接触を……、あっいや……、そっ、そうね、私が教えるから課題、頑張ろっか」
「うむっ!」
一回り体躯の小さい彼女をガッチリ自分の身体に抱きしめていた両手を離し、きちんとその顔が見える距離ではりきって頷く。
なんだか迫り来る神気にあてられて、私の愚手(愚かな手の略)がとんでもないことをしでかしたような気がするが、この手に残る人肌の柔らかさも、心に燃ゆるなんかよく分からん感激と闘志に燃やされ尽くす。
「よっしゃ、さて、ノートノート!」
立ち上がって勉強机の上に置いてある鞄から、数学のノートと筆箱を取り出す。
「おおっ……!数学に対してこんなにモチベーションの高い桜ちゃんは初めて見た」
「あはっ、いやあ今ならどんな難問でも片手で解けそうだよ」
ノートを持って再び彼女の隣に腰を下ろし、最後のページを開いて、目の前のミニテーブルにバサッと叩きつける。
軽口も叩いているが決して偽りではない。隣の彼女の朗らかな笑顔から鋭気を養った今の私にはどんな不可能さえ可能にする活力が、エンジンを吹かして滾っている。
気合い十分だね!と私の意気込みを表現しながら、彼女も座ったまま床を擦るように移動して真後ろのスーツケースに近づき、チャックを開いて、どんぶらこして来た桃の如くそれを真っ二つに割る。こちらはこちらで気合い十分な荷物の量だ。どさくさに紛れてウチの子になっても、しばらくやっていけそうなくらい衣服が詰まっている。
「あった、あった」
言いながらスーツケースの中からまるっとスクールバッグを取り出して、さらにそこから一冊のノートと筆箱を取り出した。なかなか見ない入れ子構造に、道端で珍しい虫を発見した時のような気分になる。
スーツケースの中もそこまでしっかり区画化をされていると、まるで一つの町のジオラマでも見ているようだった。スーツケース町一丁目的な。
必要な物を調達して再度私の隣へ帰還する彼女。そして新しくページを開いて一面真っ白なキャンバスを用意する。どうやらそもそも課題自体を写していなかったらしい。……よほど空想の世界に入り浸っていたのだろう。
「んーと、この問題かな?」
彼女がひょいっと身を乗り出して、私のノートに記してある問題文をシャーペンで薄くなぞる。
「え、あっ、そうそう。それが出された課題」
密着する肩と顔を意識すると、自分の書いた文字でさえ目につかなくなりそうだったので、いかんいかんと課題の方に意識を集中させる。
「ふむふむ……」
シャーペンの先を顎にちょこんとつけて、涼しい顔をしたまま考え込む彼女。そして、しばらくしたのち「なるほどね」とわずかに口角をあげて呟く。さすが才色兼備の少女。こんな歯ごたえに欠ける課題の一つなど、もう既に頭の中で解き明かしてしまったのだろう。
「さて、気合い十分やる気満々の桜ちゃんは一体どこまで分かっているのかな?」飄々とした軽い声で、にっこり笑ってこちらに首を曲げる。
「うーんとねえ」
課題に目を向け、集中して上から問題を読み取っていく。
「……ホウホウ」
圧倒的な速さで読み終え、それでも考えてます感を出すために口だけは稼働する。
なるほど、これは進捗ゼロで止まるはずだ。そこで「はあ」と溜息を一つ。
「なんというか、人生と似てるよね。この手の問題は」
「…………その心は?」
「全くわからん」
テヘヘと照れ笑いを付属して言ってみるも、私のとは比べものにならないくらい深刻な嘆息が彼女の肺の空気を抜き取る。そして大きく深呼吸をしてから「おばかっ!!」という甲高い怒声が部屋に響き渡った。
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