慕情12

 学校じゃもっぱら学業優秀、文武両道で通ってる彼女が出された課題を忘れていたなんて、私が知る限り今まで一度も無い。むしろいつもだったら私に注意喚起を促してくれるのがしっかり者の彼女の役目で、それでも最後まで放置をしているのが私の悪行だ。おかげでそろそろ本気で成績が落ち目になってきているが、それは今はどうでもいい。


 つまり根本的なところがきっと私と彼女とでは違う。無論彼女だって完全無欠というわけでは無い。それは承知だ。承知の上で、今日は同じようなやり取りを昼頃にも一度しているので、どうにも心配になってくる。昼食を忘れた時の話だ。


「んー……、あれだね。最近なんか上の空になるくらい不安な事とかある?」


 あぐらをかいたまま膝に両手をついて、所在無さげに頭を揺らして、目線上にいる彼女に聞いてみる。本当はもっと婉曲的な言い方で気にかけるつもりがただのストレート球になってしまっていた。


「うーん、そうですねえ。不安とは少し違いますが、最近とある人に告られたんで、もし上の空になっているんだとしたら、諸々それが原因なんじゃないでしょうか桜ちゃん?」

「あっ」


 演じるような冷たい声と共に、ベットの上から睨めつけるような鋭い視線を頂戴する。口元は笑みを浮かべているが中々強気な顔に仕上がっていらっしゃった。美人が加わってか迫力が半端ない。


「あー……、つまり全部そいつのせいというわけだ」

 にへへと笑って少々露悪的なおどけ方をしてみる。


 なるほど。しかし彼女の怒りも頷ける話で、というかなんで今までそれに気付かなかったのか私自身、本気で自分の神経に懐疑の念を抱いている。しかしその疑いも自分の神経由来なのだから一人相撲もいいところ。本当に逆立ちすべきは彼女の神経の方である。


 私が告白をしたあの日から、どれだけ彼女のことを頭の中に想い描いて惚けていたか、それを知っている私自身だからこそ勘付くべきだった。


 彼女だって私のことを想って頭が鈍ることがあるという事に。


 つまり、昼ごはん忘れたり課題忘れたり、それは彼女が恋人の私を想って惚けていたからというわけか。わけか、じゃねえ。


「勘が悪いのって転生すれば治るのかな……」

「いやそこまで追い込まれなくてもいいから」


 不甲斐なさに押しつぶされそうになり首がガクンと項垂れる。いっそこのまま横っ面をひっ叩いて喝を入れてほしい気さえした。


「ほらほら顔上げて桜ちゃん」

 フローリングの軋む音で、話しながら彼女がこちらに近づいてきているのが分かった。

「ほーらっ」


 真っ白い砂糖のような腿が視界に入り込み、すぐ目の前に正座していると理解した瞬間、肩をぐいっと持ち上げられ、首から上も空を切って上昇する。


「もうっ、せっかく綺麗な顔してるんだから、そんな萎れないのっ」

「……とんだ御歯向きで」

 思ったよりもさらに近かった彼女の顔にたじろぎながらも、どんより力なく言葉を返す。

「はいはいそういうのはもういいから。あのね桜ちゃん」

「ヒャい」


 途中で言葉を区切り、私の頬っぺたをガシッと両手で掴んでホールドした彼女。その柔っこい手の甲が口にめり込み、ぶにっと顔が潰れてあひる口の究極系のように私の唇は前に突き出る。


「こっちの気持ちも少しは分かってくれたならそれでいいの。だから、二人で一緒にパパッと課題終わらせちゃおう?」

「…………………………」


 目の前の少女にまるで後光が差したように視界がぱあっと明るくなる。仁徳溢れるその眩い笑顔が目の奥に刺さり、まるで頭蓋の中まで浄化されるようだった。

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