慕情11

「いやぁ、でもクラスメイトには公言してあるわけだし、正直もう障害も何も無いっていうか、なんなら明日教室のど真ん中で食べさせ合いっこでもする?」

 晩御飯の時の事も踏まえて思い切って発案。

「んー……、そこまではいいかなあ。ほら私って結構品行方正なキャラで通ってるから」

「さいですか」


 急に図々しく白々しくなる彼女。そして言っていることに訂正箇所が無いのがなんとも厚かましい。


「まあ、箸でお互いの口を行き来するのはお行儀が悪いから私のキャラに反するけど、手を使ってならセーフかな」

「……素手で食べさせ合うの?ワンハンドフードでもない限り、多分インド人でもしないよそんなこと……」絵面が野蛮すぎるだろ。

「じゃあ別に食べさせなくてもいいし、なんなら触れるのだって口じゃなくてもいいけど?」

「それはもはやただの触り合いっこだよ。教室のど真ん中で触り合いっこをするのは品行方正じゃなくて淫行旺盛だよ。そしてその場合私達に入るのは司直の手だけだよ」

「なるほど……。やっぱり倫理と道徳という二本柱が法律遵守への一本橋となるわけだね」

「二本の一対の箸だけに……って、やかましいっ」


 手の甲で空を叩いてツッコミを入れる。さっきまでの湿度高めな雰囲気が一変、知らないうちに無観客漫才が始まっていた。確かに良きコンビでありたいという話ではあったが、こういう意味では無い。無いのだ。


「ひゅう、さっくらちゃん冴えてるぅー」

 両手でこちらを指差して、微妙に吹けていないカッスカスの口笛で煽る彼女。

「そちらもなかなかのお手前で……」


 褒めているが褒めていない。言っていること自体は割と過激で正直途中からドキドキしていた。一介の乙女が触り合いっこなんて単語口にするべきでは無い。……いや、それを先に口走ったのは私の方だったか?


「で、何しようかって話だっけ?」

「ええ?あっうん。だったね」


 急に真顔で話を戻されて一瞬だけついていけなくなる。さっきまで夫婦漫才かましていたくせに、やたらとコロコロ場面を転換させる彼女。


 ……なんというか、たまにこういう天然っぽいところが発揮されるというか、猫のように気まぐれで飽きっぽい一面があるというか、まぁ、それも可愛いからいいんだけど。


「んー、そうねぇ」

 数分前と全く同じ言葉を全く同じ表情で言う彼女を見て、ククッと噛み殺した笑いが口をついて出る。その姿さえ本当に愛おしい。


「ん?どうかしたの桜ちゃん?」

「いや、なんでも。あっそうだ、」

 そういえば、と一つ今日中にやらなければいけない事があったのを、そのぱっちり開いたお目々を見ていたら、ふと思い出した。


「えっ?本当に触り合いっこを「こらこら」 


 少し声を張り上げて牽制するように遮る。さっきから変に大胆で恥じらいが一切ない。やたらそこにこだわるのは一体なんなんだ。


「えーと……、そういえばなんだけど、勉強で少し教えてほしいところがあるんですよ」


 ボケ担当で行くつもりの彼女に気を取られないように、今しがた思い出したことを言葉にする。


「教えてほしいところ?」

「そうそう数学。課題が出てたじゃん」


 実を言うと先週授業で出された課題がちんぷんかんぷんで、進捗がゼロのまま停滞していたため、彼女に教えてもらおうと兼ねてから考えていたのだ。がしかし、私ともあろうことか、提出期限を翌日に控えたまますっかり失念していた。まぁこれは仕方ない。だって金曜日は告った記念日だったし、その後は彼女のことで頭がいっぱいだったので課題になんてスポットが当たらなかった。しかし今日のうちにやってしまわなければ期限切れで数学教師に目くじらを立てられる。


 というわけで、全教科で成績良好という漫画キャラみたいな彼女に、いま教えを乞おうという魂胆なわけなのだが、


「んんー?そうだった?」

「ほら、金曜日の授業で、最後に先生が黒板に書いてたやつ」


 その優秀さが先決してもう課題などとうにやってしまったのか、疑問符を浮かべる彼女に仔細を伝え思い出してもらおうとする。しかし、


「きん、ようび……?」

「……え?そうだけど」


 急に歯切れが悪くなった彼女。眉間にシワを寄せ、顔もなぜか青ざめている。


「……どうかした?」

「えっ、あぁー……。や、私も今思い出しちゃった」

「珍しいこともあるもんだ……」


 彼女の言葉に驚きを隠せず、座布団の上で上半身を後ろにのけぞってリアクションを取る。

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