慕情10


 あまり耳にしたことがない単語だったので思わず反復してしまった。恋バナとはなんだ?恋するバナナの略か?新手のキッズアニメか?

 

 なんてかまととぶっちゃう私なのでした。


「恋バナって、確か修学旅行でしかしちゃいけないんじゃないの?それを破ったら収監されるって学内ではもっぱらの噂だけど」

 実は恋バナの知識に富んでいた私は彼女にサラッと聞き返す。


「いや、確か、反対運動派の意見を組して法律が改正されて、修学旅行に限らず外泊時だったら懲罰の対象外になったって、今朝の新聞に乗ってたよ」口をなめらかに滑らせて彼女が世論について教えてくれた。


「へえ、そうなんだ。でもさ、」


 やっぱり自分が知っていることだけが全てでは無いなと己を戒めてもいいが、その前に恋バナの定義として聞いておきたいことがあった。


「恋バナって恋人同士ではしなくない?」


 やっと言えたこの一言。私もそうだが彼女もいささか戯れ言が好物としすぎるきらいがある。まぁそれも私の影響という説は否めないのだけど。


「うふふふ、もー冗談だよ桜ちゃん」


 ベットの上から手をパタパタさせて楽しげに笑う彼女。冗談にしてはいまいち意図が不明なおふざけだった。いや意図のはっきりしてる冗談の方が冗談としてはおかしいか。


「ただ桜ちゃんの口から恋人同士って聞きたかっただけ」

「……ああ」


 しっかりと内在していたその企てが、全く予想打にしていなかったもので、不意打ちを食らったように彼女から目を逸らす。 

 そんな言葉を自然に微笑みながら、なんてことなく言っちゃうところが少し羨ましく、そして恨めしい気もした。でも結局はそれも積み上がる幸福の一部として心の中では収束されていく。


 恋人という実体を持った関係性を、私の口から言わせて確認したいと願った彼女の気持ちは、どう解体しても根本は好意であり、それが嬉しいことに違いはないのだ。


 付き合ってるという確証が欲しい


 その気持ちは私にも分かる。相手のことが好きだからこそ芽生える欲求だろう。

 しかし時にそれは不安からもやってきたりする。まして私達は同性同士だから。


「ちゃんと付き合ってる。恋人同士だよ私達」


 ベットに腰掛ける彼女を見上げ、はっきり口を開いて伝える。そして自分自身の心にも。こうすることでほんのわずかにでも解消されるものがあればいいなと祈るように願って。


「うん。ずっと私のそばにいてね? 桜ちゃん」


 首を傾げた際に一房はらりと落ちた前髪。その奥にある、眼窩の水面を揺らすように彼女は言った。


「約束する」

「ありがと」


 その満足気な顔に私は己が胸中で誓う。口に出せば陳腐になるような不確定の未来の事を。

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