苦笑2
「おっ、おっはー本堂町」
「オッス」
隣の席の女子がこちらの存在に気付き、お手軽な挨拶をして来たので軽いノリで返す。この『オッス』は決してさっきの名残などではない。ないのに、後ろから鋭い視線を感じ、振り返ってみると、彼女がにっこり笑って私を見ていた。
目までしっかり笑っているはずなのに全体的にどこか虚ろ気だ。ていうかかなりの地獄耳?
「本堂町が遅刻ギリギリとは珍しいじゃん」
「……えっ、あ、あぁ、まぁちょっとね」
点呼を取っている担任にバレない程度の小声で話す隣の女子に相槌を打つ。後ろの視線は一旦無視。
「どっちが遅刻したの?本堂町?それとも浅倉さん?」
「んー……。一応両方に責任はあると思う」
彼女の名前も出てきたので、問われて考えて答える。間違ってはないはずだ。
「そっかー。でも寝坊したのは本堂町だな。頭に寝癖ついてるし」
「えっウソ」
指の向けられた自分の頭に、咄嗟に手を当てて確認する。
「うっそー」
「………………」
歯を出して人懐っこい笑顔で嬉しそうにしている隣人さん。
「…大和はあれだね。反省するまでとある教会でシスターをやってもらおうか」
「先週の金ロー、シスターになって音楽を教えるやつだったな、そういえば」
「ちなみにその教会ではボロの布切れになった服の残骸がよく見つかるって噂だよ」
「怖っ!急にスリラー系になった!!」
「うるさ」
とまあ、大声を出した隣の女の子はもちろん担任から、うるさいぞ大和!と威勢良く注意され、私の復讐は無事成功に終わったのでした。
「……よくもやってくれたな」
一喝してホームルームを終えた担任が教室を出て、一時間目の授業が始まるまでの空き時間、隣からドスの効いた声で言われる。
「おあいこ」
「ハンムラビ法典くらいちゃんと読んどけ」
ケッと吐き捨てられた。いや無理だろ。
「ごめんよ。少しやりすぎた」
「んあ。別にいいけど。でもやばい教会は勘弁ね」
頬杖をついて、にまっと笑う隣の女生徒。彼女がホラー嫌いと知ったのはつい最近のこと。
この子の名前は
よく笑い、よく怒る子で、隣にいて退屈になることはない。しかし特技のオイタの癖が少々悪いため、時々さっきみたいに翻弄されることがある。そういう時は気兼ねなく思いっきりやり返そう。それでも笑って許してくれる度量を持っているので心配ない。
大和猛は基本いつだって飄々としているが、その裏で人のことをちゃんと見ている部類のタイプ。だからこそこの子の軽口が不愉快に取られることはないし、誰かが困っていれば冗談めかして手を差し伸べる器用な優しさも保有している。それ故当然クラスに友達も多い。彼女にばかり傾倒している私とは大違いである。
私がクラスで密に話すのは彼女と大和くらいで、あとはボチボチ、しばしば、少々、so soだ。残念ながらこのクラスでジョッグに君臨する日は程遠い。大和はそんなちっぽけな私とも懇意にしてくれるので、友達といっても良い間柄だと私は勝手に思っている。
「それにしても寝癖くらいであんなに焦るんだな本堂町も。……あっ、浅倉さんに、見られるのがはずいからか」
「いいえ。華の女子高生たるわたくしがお寝癖なんて、赤面の至りもいいところですわ」
「本堂町が言うと完全に大阪弁だね」
「しばくぞ」言いながら軽く肩をどついたる。
友達といっても良い間柄だと私は勝手に思っている。……多分。
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