稀少8

「………………」


 もう一度チラッと横目で捉えてみるもやっぱり無表情。顔色だけがさっきの名残かほんのり赤みを帯びている。なぜか目のハイライトまで消されたように見えたのは私の気のせいだろうか?


 彼女が今怒っているのかそれとも悲しんでいるのかさえも不明。ちなみに私は両方だ。


タイミングの悪さが神がかっていた妹に対する怒りと、未遂で終わったチュウに対する悲しみ、加えて何を思っているのかよく分からない彼女に対する恐怖。負の感情三種盛り。今ならもれなく大特価。言っている場合では無いのだ。


「あの、さ」

 放っておいてもどんどん口が重くなって、終いは何も話せなくなってしまいそうだったので、そうなる前に思い切って舌を滑らす。


「機会なら、また、あると思うんだ」


 彼女の肩に掛けっぱなしの指先に、自然と力が入る。


「ふうーーん?」


 やっと喋ったと思ったら、ジトーとした目で、鎖骨あたりから頭のてっぺんまで舐めるような視線を頂戴した。声も鼻に掛かったようにわざとらしく抑揚がついている。


 ふえぇ……と肩を縮めてしまいたくなるが今日の私は浮かれ野郎なので、多少強い。諦めずに口を開く。


「い、一緒に居ればいくらでもチャンスはあるし」

「ほほーーーん?」

「うっ」


 だから?といった感じで、にまっと右の口の端だけわずか吊り上げた彼女に、自分の訥弁な言葉がまるで相手にされていないみたいで気圧される。

 

「えーと、それにほら。私たち、つ、付き合ってるんだしね……?」


 なぜそこで疑問形!


 彼女も思ったようで、眉をしかめた。

 だめだ。こんな失敗中では、あの失敗Chuの挽回なんてできやしない。もっとだ、もっと強気な一球をど真ん中に投げ込む必要がある。 


「………………」


 下がりそうな眉を、クイっと上げて、鼻から静かに息を吸い込む。


 よし、勇め。 


 心の中で大きく振りかぶって、どっしりと構える。そして脚を引いて、腰を落としてー、的を小さく絞って、よし行けっ。


「つ、次の機会はちゃんとすぐに私が作る、から!」


 行った。言ったぞ、私。

 心の中で勝手に実況を招いて勝手に盛り上がる。肝心の彼女の反応は如何に。


「んー……、ふへへっ」


 少しの間を置いてから後ろ手を組んで、へにょりと顔を崩す彼女。


「……納得、してくれた?」

「まっ、及第点?」

「それはそれは……」


 あれで及第点なら、何を言えば満点を取れたのだろうか。想像したらそれだけで身体が捩れそうなのでやめておいた。


「ヘタレの桜ちゃんのわりにはいいんじゃない?」

「ふぐ」


 とうとう出てしまった、カタカナ三文字の侮蔑に、胃のあたりがぎゅっと縮こまる。不名誉なその三文字は私が何よりも嫌う言葉で、そして改善していかなければならない己が性質でもあった。しかし誤解をしてはならない。私は決して過度に臆病な性格、というやつではないのだ。


「桜ちゃん、私に対して、アホほど慎重だからなぁ」

「ふぐふぐ」

 ↑※それは君のことが大切だから。


 の一言がどうして条鰭類のお魚×2 になるのか私にも分からない。いやヘタレだからか。でも彼女の言う通り、私がヘタれるのは基本彼女に対してだけで、その理由は※参照。


「ふふふ、じょーだんじょーだん。朝から頑張ってくれて嬉しいよ」 

 そう言って、自分の肩に掛かっている私の手の橋に、自分の手を重ね、歯を見せて笑う彼女。


 じんわりと身体に広がるその体温が身体に浸透して心に落ちる。


 こういう冗談交じりの他愛もないやりとりは、いつも私達の間に蔓延していて、やっと彼女が見せたありふれた一面に、日常に帰ってきたのだと胸の中で安堵する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る