稀少7

 すぐ近く、声のした方向に首を曲げてノータイムで振り向くと、


 そこにはジャージ姿の妹が立っていた。


 片手でこちらを指差して、もう片方の手で自分の口を抑え、この上なく分かりやすく、驚嘆!という顔をして。大きく開いた口なんて、もう顎から落っこちそうだ。


「……忘れ物がなんだって?」

「えっ!?あっ、うちに弁当忘れたん!!」


 言いながら大きなボストンバッグを揺らして猛スピードで玄関まで走って家に入っていく妹。そしてドタバタドスンと外からも分かるくらい大きな足音で家の中を駆け回って、またすぐに玄関から走ってこちらに戻ってくる。朝からふざけた溌剌っぷりだ。


「うおっ!ねーちゃんだ!!おはよっ!」

「ハヨっす……」


 気を遣っているのか、それとも本気で言ってんのか、一回目の邂逅を無かったことのように手をビシッと上げて挨拶をする妹。この子の場合本当にどっちなのか判断つかないから怖い。


「じゃっ!朝練戻るわ!」

「お、おう」


 ポニーテールを上下に激しく揺らして、颯爽と道路を走り去っていく健康優良暴走少女。かなり運動部っぽいけれど、確かあの子の所属している部活ってプラモデル同好会だったはず。うん、部活ですらない。


 もうぜーんぶ理解不能。

 

 どんどん小さくなる妹の背中を見送ると、静けさを取り戻した通学路にポツンと取り残される。二人で。


「…………………………」


 とまぁ、妹との衝撃の遭遇イベントは即終了したわけど、まだ一つ、大切なイベントが途中なわけで、それを今ぶち壊しにされたような気がするわけで。

「……えーと」

 どうしろというわけで?


 彼女の肩に手を掛けたままの体勢で、横に向けてホールドしていた首を、恐る恐る前に戻す。


 ギ、ギ、ギと軋んだ音が鳴る首の骨を無理やり動かし、再び彼女と向き合う。

「おはようございます……」

「おはよう」


 さっきまで閉じていたおめめが、今はすっかり開ききっているので、何故か咄嗟に朝の挨拶をしてしまったが、別に彼女は今まで寝ていたわけではない。彼女もなぜか乗ってくれたが、別に私も寝ていたわけではない。


「あ、あの、なんかごめん……」

「………………………………」


 何も言わずに私をじっと見つめる彼女。その顔は皺ひとつ寄ることなくのっぺりとしていて、目を細めるでもなく、ただ視線だけが私の顔に全て注がれている。中の瞳も不動。不動明王女王。


 その無表情に気まずさを覚え、思わずこちらから視線を逸らしてしまう。


 さっきまで浸っていたうっとりとした悦楽は、妹と共に去りて。


 胸の中でジリジリと火の手が燃え広がるような焦燥感に、追い詰められたように背中に汗が流れる。


 謝ったのが良くなかったのだろうか。ではいっそ仕切り直すか?

 ……いやそれは無理。絶対無理。流石に雰囲気というものがある。それくらい分かる。彼女だってきっとこんな状況じゃあ……ねえ? 


 告白するにあたってその辺の事情は学習した。

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