起床3

 左手を指の先までピンと横に伸ばし、その掌の中央に、立てた右手の指を着けて廊下でタイムの合図を取ってから曲がれ右して洗面所へ寄り道をする。

「…………………………」

 

 家を出る前に、親友と会う前に、鏡の前の自分ともう一度だけ対峙する必要があると判断した。


「…………もうにやけてはいないな」

 いつも通りの涼しめフェイスに胸を撫で下ろす。これで左右の表情が不一致で顔が半分溶けているとかだったらどうしようかと思った。


 最後に右手で肩の下まで垂れる自分の茶髪をそっと撫でて整えてから洗面所を足早で後にする。


 そして三度目の正直を実行に移すべく、廊下を踏み鳴らして、今度こそ本当に玄関へと確かな足取りで向かう。


 多少待たせたところですぐに怒り出すほど短気な性格をした親友では無いけれど、これ以上待たせる理由もない。それに何処かで踏ん切りをつけないと、今日の私は永遠と鏡の前で悶々と出来てしまいそうなので、勢いが肝心と見たり。


 ふっと短く口で息を吐き、肺の空気を外に出してから、玄関の扉に手をかける。そして、その反対の手でギュッと握りこぶしを作って腹の底から勇気を振り絞る。「うっし」なんて掛け声付きで。


 今の私は他者から見たらそれなりに滑稽なはず。友達と会うだけで随分大仰だと笑われたって仕方がない。


 それはまぁ、正しい反応だ。


 毎朝一緒に登校している親友と今日も変わらず顔を突き合わせるだけ、それだけなのに、何を起きた瞬間からモジモジやってるんだ、と思うのだろうな側から見れば。


 私だって、つい三日前の金曜日の出来事がなかったら、なぜに急にあがり症になってんだと自分で自分の頭をど突いているところ。


 しかし朝っぱらから乙女ムーブをかますのには当然理由があって、無意味に恋愛漫画のヒロインごっこをする程、私のお脳みそはピンク色していない。


 そう、これはごっこ遊びではない。


 事実三日前、扉の向こうでチャイムを鳴らす親友と私の仲は、恋愛関係にまで発展した。


 現在進行形の実世界、略して現実で。


 私が放課後時間ないかと誘い出して私が良い雰囲気を作って私がイケると判断して私が好きだと告白して親友が真っ赤な顔で頷いて私達は晴れて交際をする事となった。親友は、親友から恋人へと昇級し、私も彼女の友達から恋人へと変容を遂げた。成し遂げたのだ。


 思い返せば苦難と苦悶に溢れた道のりだった。今まで己から誰かに告白したことなぞ一度としてなかったし、そーいう乙女エンジンをブルンブルン吹かす案件はろくすっぽ真面目に考えた事もなかったので、私の乙女検索エンジンは泥舟より当てにならなかったし、

 

 てゆーか相手は普通に同性だし。みたいな。


 

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