起床2

「おう、朝食出来てんぞ」

「はいほい」


 階段を降りて、洗面所で諸々の支度を済ませてから、ベーコンの焼ける香ばしい匂いを辿って居間へ赴くと、流し台の前に立つ母親が顎でテーブルの上のベーコンエッグを指して雑にさっさと食えと促してくる。

 おはようの四文字がおうの二文字に置き換えられる事により朝の忙しなさが強調されて、私も背中を押されるように着席し、並べられた箸を手に取る。


「あれ? 妹さんはどこへ?」


 いつもなら向かいに座って、一緒に朝食をむしゃついているはずの妹が見当たらないので、目玉焼きにソースをかけながら母親に聞いてみる。


「部活の朝練だとよ。中学生は忙しいねぇ」

「あーー」なるほどなぁと思いつつも口にご飯と目玉焼きが入っているので、そうなんだぁは省いた。


「お前と違ってねぇ」

「あ?」


 口にご飯と目玉焼きが入っているので、ンダトコノヤロは省いた。その変わり、いたずらっ子のようにくくっと肩を揺らして笑っている母親の後ろ姿を、目を細めてじぃっと睨む。


「ほらほら早く食っちゃえー」

「……ヘーへー」


 私の視線に気付いているんだかどうなんだか、どちらにせよ意に介さずの母親にこちらから早々に観念して、大人しくベーコンを口へと頬張る。母親が私に無駄に絡むのは今に始まった事ではないので、気にしたところでこちらの損。悪く言えば面倒臭い人で、良く言えば愉快な人。私の知りうる限りずっと前からそんな感じ。


 パパッと残りも胃に掻き込んで、食器を流し台に持って行く。すると聞こえる、あぁ……、幸せの門戸を叩く電子音。


「……!」

 ピンポンと聞き慣れた音色が家中に響いた。


 甲高いインターホンの音に呼応したように心臓がドンッと強く脈打つ。胸の中がやけに熱いのは急に鳴ったその音に驚いたからではなく、起床した瞬間から、心のどこかでずっと待ちわびていた音色を聞けたことによる喜びが由来で、端的に言えば、私は今、少し舞い上がっている。


「毎朝、ご苦労だねぇ。ちゃんと友達にお礼言えよ?」

 隣で洗い物をしている母親がこちらに振り向き、ここにきて今日一番で母親らしい事を言う。


「分かってるって。行ってきます」

 構っている時間さえ勿体なく、さっさと鞄を手に持ち居間を後にする。はずが、

「桜、ちょっと待った!」


「なにさ」

 急に名前を呼ばれ咄嗟に振り向く。


「なんか良い事あった?」

「なじぇ?」

「お前の仏頂面が決壊してらあよ」

「いってき」


 にやあっと相好を崩した母親に即刻背を向け、居間のドアをバタンッと勢い良く閉める。背後から聞こえる「マスはどうしたマスはぁ!」も鉄の意思で無視を決め込む。


 自分の顔を両手で包み込んで、掌底でほっぺたをグニグニと押す。どうにも今日は表情筋が自由になりたがっているらしい。そういう年頃だろうか?私はそういう年頃だ。よく退屈な授業を抜け出して海とか行きたいなとかセンチメンタルな事を考えてる。どうでもいいし恥ずかしい。

 

 熱の溜まりかけている頭を軽く振り、気を取り直して玄関ドアめがけて一直線で進む。親友を待たせているのだ。海へ行く前にまず出迎えなきゃならない。けれどその前にちょっとだけタイムいいですか。

 

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