プロローグ?

起床

起床1

『……起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起きて』


 あぁ時間なのだと、私は瞬間的に悟り、勝手に開いた瞼の重みに負けないように、気合いを入れてむくりと身を起こしてみる。


『起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起きて。起ち……起きて、起きて』


「起きてるよー……」


 ぬぼーっとした手つきで録音式の四角い目覚まし時計に手を置いて、上からピッとボタンを押す。するとさっきまで連呼しまくって挙句の果てに一回噛んでいた『起きて』がピタリと止まる。あら不思議。


「……存外に目覚めが悪い」


 毎朝、目覚まし時計の無機質な機械音に起こされるのが嫌で、我が親友に朝の目覚めのエスコートを頼み込んで録音した『起きて』目覚まし音声が、自分の脳に心地よく届かない事が不満で、起きがけに一人で呟いてみる。


 よく見知った相手の声だったら気持ちよく起きれると思って試してみたのだけれど、普通にピピピッの方が全然スッキリ起きれる。このご時世、機械が人間に勝てる範囲は日々拡張しているらしく、とうとう目覚まし界隈にまでその魔の手が迫っているらしい。嘆かわしい。したらば今回の人間サイドの敗因はなんなのだろう。揚げ足を取るようで申し訳ないが、一回噛んだのが原因だろうか?いやそれは我が親友のことながらとても可愛かったので違う。むしろポイントが高い。加点要素。じゃあ同じ言葉を何度も連呼させたからだろうか?機械だって同じ音を繰り返しているだけなので否。では録音者の声がやたら緊張しているからだろうか。


 これだ。これに違いない。


 普段聞き慣れていない親友の声のトーンに違和感を覚えた故に、それが夢うつつの私の脳をかき乱したのだ。


「録音するって言った途端、緊張するんだもんな」


 その場面を思い出してうっふふーと口の端からゆるゆるな笑いがこぼれ落ちる。

『なんでもいいから目覚ましっぽいことを』と注文されて、私の部屋で狂ったように、ただ『起きて』を連呼する親友の姿が眼に浮かんだ。


 身を硬くし、露骨に肩が上がっていて、ついには声まで硬質になって。しかしそれでも引き受けてくれるところに彼女の情の深さがある。そして私が本気で頼んだ事を断らないところに優越感を感じる。これが私の特権だ的な。


『起きて。起きて。起きて。起きて。起きて』

「あいあい」


 スヌーズ機能で追い起きてが鳴り始めて、目覚まし時計ごと持ち上げて、完全に解除する。これで親友の起きてにも明日までおさらばだ。


 少し名残惜しい。意識が覚醒していればそれも案外悪くはなかったなんて思える程度には。が、まぁ特に後ろ髪を引かれることもなく、私は両足を床に着いてベットから立ち上がる。もう少しすれば目覚まし音声の親友ではなく、本物の親友がうちへとやってくる。どちらか選べと言われてわざわざ迷う理由は無い。朝の身支度も惑うことなく整えて、学校へ二人で登校する。これが私と親友のいつもの幸せなルーティーン。


 ……しかし、実は今日は少しだけ特別な朝だったりもする。するので、いつもよりほんのちょっと入念に、自室の姿見の前で制服にシワが寄ってないかを確認してみる。


「……ふへぇ」


 制服よりも自分の口元に緩くシワが寄っていた。


「……いかん」

 人差し指を自分のほっぺたに当てて、外側にしゅっと払って、口の角度を元に戻す。私はこんな腑抜けた表情を常時しているゆるゆるキャラでは無いのでここはあくまでキリッと決める。


「キリッとね」


 瞼に力を込めて顔をそれっぽく取り繕って、まぁ及第点。

 ついでにスカートの裾を無意味に少しだけ伸ばしてから、鞄を持って自室を後にする。

 

窓越しに受け取った春特有の全てを包み込むような陽気が身体を循環しているようで、いざ動かしてみるとその足取りは軽かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る