恋人が鬼に連れていかれても、私の未来はすごく明るい
一等星
えぴろーぐ
えぴろーぐ
妹は頻繁に奇声を上げる子供だった。
私より四歳歳年下の妹。小学校を卒業し、中学校に上がりたての未成熟な女の子。その奇声は客観的に推察するとしたら、年頃の女の子が迎えた思春期に心が追いつかなくて、無自覚で抑圧されて、ひずみがチック症状として現れた。
なんてところなのかな。
身内が家で奇声を上げたらきっとそれはストレスが原因だ。それが思春期なら尚のこと。いつからかそう言う刷り込みが私の中には存在していて、だから、妹の『ソレ』もきっとその類だろうと思っていた。
あの子の口から突然放たれる『ギャッ』や『ギギッ』や『ウッ』や『ウグッ』や『グウッ』や『グッ』や『グエッ』や『アッ』や『アガッ』や『ガアッ』の全てが、あの子の抱え込んだ悩みかなんかが、あの子を内側から圧迫して出ている音のなのだろうと。
となれば、姉として当然なすべきことを私はした。
高校生の私を、まだ高校生と表現する人もいれば、もう高校生と表現する人もいる。どちらに割り振られるにせよ、妹より年上なのは確かで、私からしたら間違いなく妹は『まだ』中学生だった。
なので、いつも通り家族四人で夕食をとり終えた後、私は年長者としての体面を取り繕って、妹の部屋へと向かった。そして妹の部屋のベットに勝手に腰掛け、何か抱え込んでいる事や、溜まっている後ろ向きな感情はないか、もしあるのなら私に相談してくれないかと、それっぽく自分の妹を諭した。
おねーちゃんらしい行いを迷うことなく決行したわけです。
そこまでして私の役目は終了したので、後のことはよく覚えていない。
その時点ですっかり一仕事終えた気分でいた私は、薄情なことに妹が口を開いてなんて回答したのか、肝心な部分をはっきりとは記憶していないのである。
あぁ、私なんて結局そんなものだ。
頭を捻って少し頑張る事によって薄ぼんやりと思い浮かぶのは、自分と似たあどけない笑顔で、きっと妹はあの時笑っていたのだと思う。
あの子は両親と似て、そして私と似て、いつもにこにこしている子だった。だからきっとあの時も私を心配させないことに優先順位を置き、にっこりにままーと、大丈夫ですだのなんだの言ったのだろう。憶測ではあるが。そしてそう言われて私は、定型文の『もし何かあったら相談乗るからね』を妹の部屋に捨てて、きっとその場を後にしたのだ。これも憶測。
しかしそんな記憶にも留まらないやりとりの中にも、一つだけ強く印象に残っている事がある。
妹の部屋を後にする際、扉を閉めようと振り向いたその一瞬、妹は着ていた服の襟元を指先でくいっと外側に引っ張って、自分の胸元を黙って見つめていた。
その時、あの子の視線の先の浮き出た鎖骨の下が、焦げたように黒ずんでいたのを私は覚えている。
直後感じた言い難い嫌悪感が記憶の固着材料となっているのだろう。
その日の夕食は大して好きでもない鮭の塩焼きと、卵焼きだった。これじゃまるで朝食みたいな献立だなと思ったので覚えている。
しかし妹の部屋で見聞きしたはずの妹の反応はよく覚えていない。
その数日後に妹が首を切って死んでいたのは、まだ、覚えている。
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