5羽

【海国】が占領する港から程よく離れた活気溢れる街では、高台にある家がよく見える地形となっている


街の中心部にあるファミレスでミートソーススパゲティを頬張る少将チェリーと、ハンバーグセットをガスマスクを上げて口元だけを晒して睨めっこするペンギンはお昼の休憩時間を満喫していた

黒い箱は海上部隊に譲渡してからいまだ戻ってきていない


「食わんのか?俺がもらおう」

「うっー!」


チェリーがフォークでハンバーグを刺すと、ペンギンもフォークでチェリーの腕を刺す


「ってぇ!この野郎!」

「うーうー!!」

「お客様何度目ですか!!店内では!静かに!お願いします!!」


両の指では数え切れないほど声を荒らげるチェリーとペンギンに、店員は幾度も怒鳴り散らし黙らせる


「うー……」

「ははっ、笑えるな」

「うーっ!」

「お、やんのかコラ?やんのかコラ!?」

「お客様!!」


テーブルの横で突っ立って警戒する店員を無視して乱闘に持ち込もうとしたチェリーは、スパゲティを平らげた


「おい、おかわり」

「は、はぁ……あ!騒がないでくださいね!!」


バタバタと急ぎ足で注文していく店員の後ろ姿を見た2人は、瞬時に互いの腕にフォークを刺した


「つぅっ……次の任務だが」

「うぅ〜……」

「明日行われる祭典の主賓を拉致す……いってぇ!骨まで……っくそ!」

「うががが!!」


両者譲らすグサグサと刺していると、コロりとテーブルに赤い玉を見た2人はそれに気づきファミレスの窓を割り、地面に伏せた瞬間────



ドゴン!と腹の底から響く音と爆発が起き、ファミレス含む街の中心から半径50メートルが吹っ飛んだ



更地と化した瓦礫の山の中、起きあがらず様子を伺うチェリーとペンギンは気配を探った

勿論、この爆発の様子を見ていた人物を


『気配なし。FBMとはな……』

「う……」


赤い玉の正体はFBM─火炎属性付与大規模爆破魔術玉─だ

火属性の魔法を扱う者ならば誰もが通る道で、ペンギンの死んだ親もまた火属性に長けた者だった


ガラガラと、背中に崩れる瓦礫を無視して立ち上がるペンギンのガスマスクの頬部分に銃弾を掠める


『嘘だよバーカ』

「うーっ!!」


拘束ベルトによって能力が衰えたペンギンは索敵範囲が狭まり、遠い距離まで把握出来ていなかったこともあってか遠くからの狙撃までは探れなかったのだ

チェリーは気付いていた。しかしそれが複数なのか1人かまでは把握しきれていないが、”敵意を持っている”ことは理解出来ていた


『捕らえるぞ、先行しろファーストペンギン』

「う!」


拘束ベルトをひとつ弾け飛ばすと、地面にヒビを入れて一気に加速したペンギンは、ガスマスクを掠めた銃弾の角度から速度を計算し、射撃地点を予想しながら走り込む

その間にも狙撃による銃弾は来るが、ペンギンの持つ【Boys AT Rifle】よりかは遥かに貧相な狙撃銃なのは理解出来ていた


「……」


問題なのは距離だ

索敵範囲100メートルのペンギンにとって、察知できなかったということはそれ以上ということになる

敵は装備なりで補助しなければ届かない狙撃銃なのか、狙撃手自身による能力・魔法で狙撃を可能にしているのか不明だった


前者なら近づけばわかるが、後者なれば近づけない可能性が出てくる。今も逃げながら撃っている可能性があるからだ


「う」


街外れのビル屋上に黒い装備を身に纏う女性を1人見つけ、跳躍して壁を走るペンギン

女性の構えていたスプリングフィールドは過去の大戦で使われた小銃で、自動照準補正が基準になった銃世界で補正のないそれを扱うとなれば……古参の人間か、ペンギンのように逸脱した肉体を持つ者か2選択になる


「来たか【神国】の犬め!」

「うー」


登りきった屋上で女性と対面したペンギンは、目的を探るべくガスマスクの会話機能を起動する


「《目的はこちらの任務妨害か?》」

「そんな稚拙なものでは無い!【神国】に殺された父と母、私の夫と子供の復讐だ!!」

「《私怨か。チェリー》」

『相手するほどでもない、遊んでやれ。あと呼び捨てするな後で殺す』


通信をそのままに、ペンギンは地を這う姿勢になって、女性の顔を静かに見据える


「くっ、私は負けんぞ!!」

「……」


トン……と軽い音がしたと思えば、女性の懐に入ったペンギンは鳩尾に膝蹴りするも、女性の両手で塞がれる

次にペンギンは肩を掴み、女性の頭上で体ごと前転させると後頭部に踵をぶつけようとするが、それも既の所で片手で止められる

ペンギンは舌打ちし、体を捻って足先で首を狙うが女性に足首を掴まれる


「単調!!全てにおいて単調なのだ!!」

「……っ!」


フワッとペンギンの体が浮き上がったと思えば、女性はペンギンの足首を持ち上げ、屋上のコンクリートの床に強く打ち付ける

背中を強打したペンギンは息を全て吐き出し、悶えながらも女性の腕に足を絡める


「むっ!?」

「うっ!」


グルンと体を捻り、女性の腕を折ったペンギンは違和感を覚える

折った時の軽い音と、人の体温を感じなかった


「……?」

「バレたか。そうさ、私の四肢は自動魔動力間接義肢オートマタマジックドールだ」


成程と納得したペンギン

スプリングフィールドを扱う腕にしては細いと思っていたが、義肢ごと魔力で補えば精密な狙撃も可能になる


そして、四肢を失った歴史を知ることも出来る。大戦で失った家族、夫、子供、それで自分は何も失われるはずがない。両腕両脚は彼女自身が失ったものだと理解できる


「……」

「同情はいらん、全てにおいて運命なのだ。だから受け入れた」

「……う」

「だから復讐する、これが運命なのだから」


ペンギンがチェリーを復讐するように

女性もまた、【神国】に復讐するのだ


『ペンギン、規定上【神国】に仇なす者は排除するのが懸命だ』


通信機越しのチェリーに女性は嗤う


「だから貴様らは犬なのだ!犬共を排除し!重要人物を私がこの手で刈り取り!過去の罪を償ってもらうのだ!!」

「……」

『だがそれは規定上の話だ。個人の意思には干渉しない』


屁理屈と言えるチェリーの言葉に、ペンギンはどうするか決まり、女性のもう片方の腕を瞬時に破壊する


「っ、来るか!?しかし、ここで死ねば私の運命はそこまでだ!」

「《死にたくないなら、抗えよ》」


ペンギンの言葉に、女性は動揺した

全ては運命だと思い込んでいた女性にとって、自分から抗うなんて考えもしなかった


運命に身を委ねてしまえば、気持ちも楽だったから


「《逃げるな、復讐を果たすまで》」

「う、うるさいっ!運命が全ての私に!説教垂れるな!!」


女性の高速で迫る蹴り技を、ペンギンは頭からぶつけ破壊した


「な、ぁっ!?」

「うー……」


この間接駆動を魔動力にした義肢は、仕組みが分かれば単純だ

魔動力が止まれば破壊でき、そこを重点的に攻めれば良いだけの話

しかしその程度で壊れる義肢ではない、緊急時に備え復元魔法も備わっている為、女性の腕や足は時間をかけて戻っていく


しかし再生を見送ったペンギンに、女性は疑問をぶつける


「なぜ、攻撃しない」

「……」

「情けや同情はいらないと言ったはずだ!!本気で殺しに来い!!それとも何か目的があるのか!?」

「《一緒に、復讐しよう》」


その言葉は【神国】への反旗を翻すことになり、重罪となるというのにペンギンは言葉を放ち、女性を勧誘する


「な、何を言っているのかわかっているのか!?今だって通信機を通してお前の上司に聞かれているのだろう!?」

「……う?」


それが何?と言わんばかりのペンギンに、女性は狼狽える

ここで勧誘を受け入れ、【神国】に潜入出来れば御の字だ。重要人物に近付き背後から刺してしまえば復讐は果たされる


「本当に……お前は何を考えている」

「うー」


知らない、ではなく知ったことではないとペンギンは言うと女性は笑った


「は、はは……こんな簡単に……今までの苦労は……一体……」

「《運命》」

「……かもしれないな、勧誘もまた運命か」

「《名前と所属》」

「……いいだろう。私は『ガーラ・タイタンフォード』、所属はない」


ペンギンは手を伸ばし、ガーラは手を取った話を、何週間か経ってから少将チェリーは思い出すようにガーラに話す


「懐かしいな、あの時は死にもの狂いで生き足掻いてたというのに」

「恥ずかしい、やめろ」


あの後、拉致予定の目標にガーラが加わり計画を実行したものの、ガーラからの計画漏れが発生してペンギンは目標を背負いながら、大勢の敵に追われる羽目になった

償いとして追っていた敵を皆殺しにしたガーラは、数日後に試験を兼ねた訓練を経てペンギンと少将チェリーのいる特殊部隊への配属が決定した


今に至り、【神国】の主要都市のひとつ『京ノ都』では串団子を頬張りながら喋り合うガーラとチェリーの姿があり、先の話で盛り上がっていた


「慣れたか?ガーラの産まれは【極国】の『アイス』だろう?気温の変化についていけぬと先が思いやられるぞ」

「戯け、それほど軟弱な体つきはしていない」


四季のある【神国】とは違い、1年の半分を白夜と極夜に別れる【極国】では氷が解けない雪が舞う土地だ

作物は当然、木々も生えず、住む魔物に至っては雪の精霊やイエティに限られている

その国の『アイス』は主要都市のひとつであり、他の『ロック』や『ブリザード』とは違って”修行の地”として名を馳せるほど知名度の高い、住みたくない土地ナンバーワンだ


「むしろぬるいな、ここは」

「『京ノ都』か?『東の京』に比べたら……まぁ温いが、不便な面もあるからな」

「この都は移動を電車で行っているが、『アイス』では犬ぞりだぞ?」

「いや、まぁ……それを踏まえたら、不便ではないな」

「だろう?」


串を1本貪るチェリーは三色団子の甘味を口いっぱいに広げ、茶の苦味で口をゆす


「こら、汚いな少将殿は」

「ゴクッ……ハァ、ここで階級の話はするな」

「……ふふっ、そうだな」


暖かな風が吹き抜け、ガーラとチェリーの頬を撫でる


「ところでチェリー」

「すまんが呼び捨てはするな、歳はは下でも階級は俺の方が上だからな?」

「ワガママなヤツめ、チェリーさん」

「なんだ?」

「ペンギンはどうした?」


チェリーは茶を啜ると飲み込み、口開く


「学校だ」

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