2羽

某日、晴天の中お昼時を迎えた”中ツ国”【九龍】の『五龍』にある中心部にて、大通りで巻き上がる排気ガスとひしめく二輪車で道を占領していたその横で、歩道にある屋台の中で牛肉麺ニョーローメンを啜る男が1人


彼の名は司馬しば 武蔵たけぞう。年齢は40の現役刑事だが、最近は調子が悪くバツの悪い顔がなかなか拭えない

景気よく1発狙った闇カジノではイカサマがバレ、警察手帳を奪われる始末


国の威厳に反することであり、暫くはお上から暇を出されていたが金を貯めることをしない武蔵は、ヨレた灰のスーツに入った残り少ない小銭で安い屋台巡りをしていた


「……どっかでー、派手に殺しとかねぇかなーぁ」

「武ちゃんバカ言ってんじゃねぇよ、平和だから俺たちゃ稼げんだっての」


顔見知りの屋台の親父の言う通りで、平和な休日だからこそ繁盛する店では、殺人やテロなんて起こったら客入りも減ること間違いなしだ


「いやちげぇよぉ、例えばよぉー」


武蔵は、貴金属や魔鉱石を扱う店に若い男ふたりが覆面したまま入店するのを指差す


「あーいった男どもが金くれ言ってよぉー、強盗したらーぁ、どさくさに紛れて奪えんじゃん」

「武ちゃんサイテーだよ……って、あ!」


急いで店から出てきた男ふたり

店のオーナーが「待てーっ!」と叫ぶも止まらない


「た、武ちゃん!犯罪起きてんじゃん!行かないと!!」

「んー……おかわり」


武蔵は空の丼を屋台の主人に渡す


「いや、あれ、行かなくても……」

「ツケてくれたら行くよ?」

「武ちゃん、あんたやっぱ安い男だな」


おかわりを粧う親父の屋台の周りが強盗の件で騒ぎ始める。主人の了承を得た武蔵は、シワだらけのスラックスのポケットにあるひとつの黒玉を撫でる


「【黒狼ヘイ・ラウン】」


武蔵が言うと同時にポトリと影へと堕ちる黒玉は、1匹の、狼だと辛うじて分かる程度の黒い物体地面から這い出てくる

黒の獣は体をバネにして一気に直進すると、風を起こして若い男二人に近づいていく


「すげえな武ちゃん相変わらず……」

「ずぞぞ……ずるる……ぐびりぐびり」

「武ちゃん聞いてる?」

「……おう、聞いて……ゲェフ!……うん、なんだ?」

「あの二人どうなんの?」

「二手に別れたからちと面倒だな、様子見てくる。ごっそさん」


丼に箸を置き、立ち上がった武蔵は黒狼が足を止め食い荒らしている気配の、その方向とは真逆を進む


そこでは、逃げていた若い男が裏路地で倒れ込んでいた


「んーぅ?」

「……」

「ひっ、た、助け……」


勿論盗みをする男を助ける必要は無いのだが、そこに立つもう1人の少年に違和感を覚えた


白のガスマスクをする白髪の少年は、魔力縛ベルトを白のコートに巻き付け、傍らに自身より大きい長方形の黒箱を立てて若い男の両足を潰しており、流れる血は黒箱が吸い取っていた


「珍しーぃ、玩具箱ミミックの材料かぁ」

「うー……?」

「お前さんの箱の話だよォー」

「お、おっさん!頼む!!足が痛ぇんだよォ!!」


這いつくばって涙を流し、懇願する若い男の鼻を横から踏み折った武蔵は、この街に似合わない服装で彷徨う白い少年を見る


「坊主、名前あっかぁ?」

「うーうー……」

「……まぁ、うーちゃんでいいかぁ?俺はこういったもんだ……よ、あれ……警察手帳……」

「……?」


本署に預けた警察手帳を必死に探すも、見つからず諦めた武蔵は少年に苦言する


「く、口がきけねぇのか知んねえがーぁ、この箱は本官が預からせてもらいますー」


武蔵の言葉に少年は首を振るも、お構い無しに箱を抱えようとしたが……


「ぐっ、う!?お、重てぇ!」


力には自信あったものの、持つことを諦め息を荒らげる武蔵は、次に少年が何者なのかを模索する


「お、お前……は、な、何もんなんだ」

「うー」


拘束されていない、僅かに動かせる両手をぴょこぴょことして飛び跳ねる仕草を見て、武蔵はとある動物を思い出した


「ペンギン……か?」

「……」


コクコクと頷く少年に、武蔵は思い出した

最近、隣の小さな島国にある神国の公安特殊部隊に雇用された傭兵上がりの2人組がいた事

1人は配属すぐ少将に

1人は隊員として


その1人の隊員の通り名が、『ペンギン』だと聞いた


「……いや、ねーぇな」


例えペンギンがここにいるとして、【九龍】の”今起きている大きな出来事”に介入する必要は無い。ましてやこの少年が介入できたところで何ができるか

思考が結論にたどり着き、武蔵は少年の頭を撫でる


「お家に帰んな、坊やの来るところじゃねぇよ」

「……」


黙りしたペンギンは、箱についている鎖を引きずりながら去っていった



────────

問題が起きたのはその日の晩

警察手帳を巻き上げられたとしても本職が刑事に変わりない司馬 武蔵は、本署に帰還して当直日誌をつけている所で緊急無線が入ったことを聞く

受け取ったのは司令部の連中だが、武蔵を指名してきたことに疑問を持つも繋げた


「ご指名ー、ありがとーござます」

『神国 特殊部隊、少将チェリーだ。噂には聞いているか?』

「さぁーっぱりですわ、なんで俺なんかをー?」

『うちのペンギンが世話になったと聞いてな。処理はこちらでするつもりだったが、助かったよ本官殿』


嫌味ったらしく敬称してくる訳の分からん男に、武蔵は苛立つ


「何が目的か知らないけどねーぇ、『五龍警察署 刑事特別一課』の司馬を舐めちゃー、出るとこ出るよォ?」

『それは失礼した。以降気をつけるよ』


武蔵の発言に偽りはない

【九龍】の『五龍』は治安の悪さは世界トップクラスに入り、以前は悪の組織【暗寧】が他の半グレ共が悪さしないように手網を握っていたが、【暗寧】が解散したことによって『五龍』は荒れ放題になっている

刑事特別一課の司馬 武蔵は最低レベルに落ちた『五龍』を収めた功績があってり、”最終防壁”と呼ばれている

なお、武蔵最終防壁が決壊すると『五龍』は抗争地帯となり、崩壊することは確実だ


『要件を言おう』

「手短ーに」

『【斑鳩いかるが】を差し出せ』

「無理だね」

『即答か』


斑鳩とは解散した【暗寧】の元メンバーを辛うじて纏めあげた人物で、トップに位置する人間だ


『許可がいる』

「……あーた、分かってんのかい?【斑鳩】が死ねば戦争はじまんのよー?」

『それが狙いだ』

「なら尚更、奴の居所は教えないね」

『否、もう捕らえてはいる』


武蔵はチェリーの言葉に嘘偽りのないことで驚愕した。【斑鳩】の居所は武蔵でも知ることは不可能で、電話1本でしかアポを取れない存在だ


「嘘だね、そこに【斑鳩】は居ない」

『……『ペンギン』、声を出させろ』

『うー……』

『てめぇじゃねぇよ、【斑鳩】のほうだ』

『あ……あぁ!司馬さん!?コイツら!何なんだよ!!急に押し入ってきたら仲間全員殺しやがった!!俺も殺すって……防衛機能も作動してたってのに……何が起きてんだよ!?』


最後に声を荒らげた斑鳩は、武蔵に助けを求めるが、彼は別のことに驚いた


「『ペン……ギン』?」

『う?』


昼に見た白の拘束具に巻かれたコートの少年を思い出す

まさかそんなはずは無いと思い込んでいた矢先に聞こえた声が、出会った本人と同じだったのだ


”特殊部隊に配属された2人”

”1人は少将と呼ばれる”

”もう1人いる”


あの少年が、電話越しに、少将と共に存在するというのか


『司馬 武蔵、許可を』


老年の男の声を聞いて我に返る。そうだ、今は少年よりも斑鳩を何とかせねばならない


「時間をくれないか?」

『言葉を正したな?ヒヨった証だ』


見抜かれた、だがそれがどうした


「【斑鳩】を消されてはこちらが困る」

『そうだ、そちらが困るだけだ。我らにはメリットでしかない』


【九龍】の抱える問題というのは貧富の差が雲泥であること

『一龍』では親はやせ細り、子は飢餓で死に

『九龍』では”中ツ国”を支える政治家や大企業のトップが懐と腹を肥やして他の龍を見下している現状だ

『五龍』は貧富の混じる境目である為、半グレ達の抗争が始まってしまえば、『六龍』を境目にして貧しい人間と富んだ人間に完全に別れてしまう


『五龍』の別名は『好機の街』、富んだ人間が混じるからこそ、貧しい人間にとってはチャンスでもある街だ


先にも言った通り、悪の組織【暗寧】が解散した今、次にまとめるのは【斑鳩】本人だ


もう候補は見つからない

【暗寧】の組長は、幼かった頃の【斑鳩】を残して死んだ


「なんとか、ならないか?」

『五龍が死ねば自ずと穴が空く、我ら【神国】はその穴から毒を振りまく準備の最中だ。もはや止められんよ』


斑鳩の死によって開く穴は、デカい

それだけは阻止したい


「あ……!まって、くれ……」

『了承を得た、殺せ』

「待ってくれ!!」


俺は気づいた

彼らはなぜ俺に聞いてきたのか?殺しの了承を

別に聞かずに殺しても穴は空くのだ、それなのに何故────


『気付いたようだな』

『う?』

「俺も……立ち会ってもいいか?」

『構わんよ、場所は────



━━━━━━


『五龍』警察署から1駅、さらに歩いて30分の廃れた倉庫には、3人の人影があった

ひとつの椅子に座る猿轡と目隠しされた少女が1人

黒の箱を椅子にして座る少年が1人

腕を組んで仁王立ちする大男が1人


入口から月光が忍び込み、大きな鉄扉が開くと同時に大男は叫ぶ


「待て!!!」


黒い人影はビクリと反応し、立ち止まったのを確認すると、少年は声を出す


「うー……あー……《 名前 》」

「司馬……武蔵」

「《 所属 》」

「『五龍』刑事……特別、一課」

「《 目的 》」

「っ!」


返事がないと判断した少年は少女に向けて手に持った金の装飾がされたシルバーのロングバレルリボルバーから銃声を出し、少女の足元に弾丸を撃ち込む


少女は焦燥、恐怖を覚え

武蔵は焦りだした


「待ってくれ!!その子だけが……彼女だけが希望そのものなんだ!!」

「理解してこちらに来たと思えば、まだ戯言を抜かすか。撃て」


少年はリボルバーの撃鉄を引き起こし、少女の太ももを撃ち抜いた


「んんんんっっ!!!」

「やめろぉっ!!」

「目的をいえばいいものを、躊躇するからだ」


少女の太ももから出る白煙と軽い肉の焼ける匂い、そして溢れ出す血が武蔵の口を動かす


「目的は……こ、殺すことだ」

「撃て」


今度はもう片方の太ももを撃ち抜かれ、少女は悶絶する

出血は多い。時間を掛ければ出血多量で死ぬだろう、それまでに答えを言わなくてはならない


「お、俺の手で……彼女を……す」

「坊主、なにか聞こえたか?」

「う?」

「彼女を殺す!殺すって言ってんだろ!!」

「ん……っ、んんー!」


武蔵の決心に、少女は目隠しの隙間から涙を流す

それは苦痛や悲しみからではなく、”怒り”

少女の怒りが独り寂しく胸の内を彷徨った


「銃を貸してやれ、アンティーク品だから外すなよ?司馬」

「うー」

「はぁ……っ!はぁ……っ!」


投げられ、地面に落ちたシルバーのロングバレルリボルバーを拾う武蔵は、少女に狙いを定める


「司馬、俺を楽しませてくれ」

「うーうー」


大男が少女の目隠しを外すと、武蔵の手元が狂いかけた

碧色の澄んだ瞳は、【斑鳩】自身のものだった


「んんーっ!」

「撃て、司馬ぁ!撃鉄を引き起こして頭に狙いを定めろ!」


大男は司馬に近づき、腕を掴む


「それとも目か?鼻か?口か?口なら喉ちんこを狙え、骨にあたってお陀仏だ。それとも首か?外したら痛みで死ぬから死に際を長く見つめれるぞ!さぁ早く!さぁさぁさぁ!!!」

「うわぁぁぁっ!!」


ドン、ドン!

2発の銃声が倉庫に響いた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る