第12話

「今日は俺も休むよ。気を付けていってらっしゃい」


三人で川の字で寝た翌朝。

伊藤くんは謹慎。上原くんは自主休講。きっと二人は二人での話があるんだろう。

…ちょっとだけ想像してしまう。俺がいないとこで、二人はイチャイチャしたりするのだろうか。いや、朝からはしないか?するか?

っていう、よからぬ想像してたら伊藤くんが俺の鼻をつまんだ。


「おーい、眠いのか?しっかり聞くんだ。昨日の話では、『スエ』は他の学部の四年生らしい。普段の俺らの行動範囲とは被らないだろうけど…。会わないほうがいいと思ってる、俺は」


変な想像してる場合じゃない。伊藤くんの話をしっかり聞いて、しっかり頷く。


「うん。気を付けるよ。それより、今日もこっちに泊まっていい?」


あっ。泊まらないほうがいいだろうか。お邪魔だろうか。俺がいたらイチャイチャできないだろうか。口から出た言葉を取り消すこともできずアワアワしかけてたら、上原くんに髪の毛なでなでされた。


「もちろん。今日こそコロッケ作ろう」


安心して元気よく家を出る。

だけど大学に向かう前に自分のウチに帰って教科書入れ替えて…。ああ、そういえば。昨日の四つ葉のクローバーどこに行っちゃったんだろう。騒動のさなかにどっか行ってしまった。


今日の大学は寂しい。

俺たち三人は同じ学部で取ってる講義も結構被ってるから、今日みたいに大学で二人の顔が見えないと寂しい。家に帰ればいるのは分かってるけどさ。ひとりでモソモソと昼ご飯を済ませ、講義が始まるのを待つ教室。そこで、同じ専攻の友達に話しかけられた。


「よー。今日は一人?伊藤と上原は?」


謹慎だなんて勝手に言えないし。


「うーん。ちょっと」


ごにょごにょと言葉を濁すけど、友達はその話題にはもう触れてこなかった。それよりももっと話したいことがあるようで、目をキラキラさせて質問された。


「ところでさ。四年の衛宮さんと知り合い?」


誰だろう。首をかしげる。


「えみやさん…?」


「いや、俺もサークルの先輩からさっき紹介されて。何か、お前らのこと聞かれたよ。めっちゃ緊張した。あの人、有名だもんな。イケメンだし実家はでかい会社だって」


スエだ。スエのことだ。

俺たちのこと聞いて、何がしたいんだろう。前世と今の間の、ぼこっと空いた穴。それを埋めたいんだろうか。


長く感じた一日が終わる。

最後の講義が終わったあと、ふたりに『今から帰るよ』とメッセージ送った。そしたらすぐに『コロッケの材料はもう準備してるよ』って返事。

よし。早く帰らねば。


スエのことは忘れて、足取り軽く正門へと向かう。

が、しかし。途中で足が止まってしまった。人に囲まれてるスエ。違う。今はスエじゃなくて、衛宮さん。衛宮さんが正門の脇に立っているのが見えた。


俺は意を決してするするっと通り過ぎようと思った。だけどその前に人の輪から抜け出した衛宮さんに見つかって、あまつさえ腕を掴まれた。


「待ってくれ。昨日はいきなりすまなかった。話をさせてくれ」


衛宮さんが必死だから、話を聞いてあげなきゃいけないような気になる。俺を置き去りにはしたけど、俺に危害を加えたってわけじゃないし。


「少しなら。早く帰らないといけないんです」


立ち話かと思いきや連れてこられたのは、大学近くのオシャレカフェ。入ったことないよこんなとこ。何でも好きな物をと勧められたけど、お断りした。帰ったらコロッケ作るんだ。

正面に座る衛宮さんを見て、ズルいなと思う。綺麗な顔のつくりだ。スエも綺麗な顔をしてた。生まれ変わっても整った顔してるだなんてズルいな。

そんな場違いなこと思ってたら、衛宮さんが頭を下げた。


「昨日はあまりに動揺して、余計なことまで言ってしまった。本当にすまない」


ぼんやりと思う。昨日と口調が変わってる。昨日はスエで、今日は衛宮さんなんだ。


「ううん。伊藤くんも上原くんも俺も…ショックだったけど、それで話し合いができたから。結果としてはよかったかもしれないです」


特に伊藤くん。伊藤くんの抱えてたことを俺たちは分かち合えた。

伊藤くんの心が軽くなったので、結果オーライ。雨降って地固まる。三人で川の字。昨日は伊藤くんが真ん中だったことを思い出してフフッと笑いそうになったとこで、衛宮さんに恐る恐るといった口調で尋ねられた。


「怖いことがあったかもしれないけど、聞かせてほしい。僕が、スエがヨル様を置き去りにしたあと。ヨル様は…?」


そう懇願されたけど、答えられるのはひとつだけ。


「覚えてないんです。俺が覚えてるのは、忘れ物を取りに行くって戻っていくスエの後ろ姿。そのあと、ヨルがどうなっちゃったのか…本当に分からない」


スエは落ち込むように目を伏せ、神様に祈るように両手を握った。


「そうか…。全部、僕のせいだな」


同意もできないし、否定もできない。

俺は薄々感じてる。

ヨルはあの後、事故にでも遭ったんじゃないかな。馬車にひかれて、犯人が証拠隠滅のためにヨルをどっかに埋めたとか。うっかり川に落ちたとか。スエが置き去りにしなければ避けられたことが、ヨルの身に起こったんだろう。


「スエはどうしてどこかに行っちゃったの?」


そう質問すると、スエは泣きそうな顔で笑って、ポツポツ話してくれた。想像もしてなかったスエの波乱万丈な人生。

政争に敗れて、下層階級に落とされたこと。

最初の『主人』に酷い扱いされたこと。

国に戻るために、ヨルを置き去りにしたこと。

国に戻って、仲間と力を合わせたこと。

その間も、ヨルのことは気にかけてたこと。


そして、ヨルに会いに行ったら…。もう誰もいなかったこと。


スエはスエで過酷な人生を送っていたんだ。それは分かったけど、自分には関係のない遠くの出来事だと感じた。俺は冷たい。最後は置き去りにされたけど、それまでスエにはお世話になった。スエに頼ってた。

それなのに、今は心が動かない。『大変だったね』の一言、心からのその一言が出てこない。代わりに出てきた言葉は、とても素っ気ないものだった。


「…もう帰らなきゃ。伊藤くんと上原くんが心配する」


そう言って席を立とうとしたけど、衛宮さんはまだ言葉を続ける。


「君たちの周りに少し話を聞いたんだけど、いつも三人一緒にいるんだってね。…こんなことは言いたくないけど、前世の関係から離れをすることも必要だと思う」


心がすっと冷たくなる。どうしてそんなこと言われなきゃいけないの。


「ほっといてください。俺たちの問題だから」


乱暴にガタガタと席を立って、伝票をそのままに足早に店を出た。前世に引きずられてるんじゃないか、前世に囚われてるんじゃないか。それを考えたこと、悩んだことがないとでも思ってるんだろうか。


伊藤くんと上原くんの顔を思い出して少しだけ泣きそうになりながら、俺はずんずんと二人が待つ家に向かった。

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