第11話
大学の職員さんから聞き取りされて、ようやく解放された頃。夕方と夜の間の時間。
被害者である『スエ』は先に帰されたらしく、外に出ても誰もいなかった。それにホッとする。多分、会わないほうがいい。
学生の姿は見えないしんとした大学構内に、伊藤くんの感情のない声が小さく響く。
「大学でも停学なんてあるんだな」
俺と上原くんはともかく、伊藤くんは『スエ』を殴ってしまったし、それを学生課の職員さんにも見られてたから無罪放免というわけにはいかなかった。正式なお達しは後日だけど、それまで謹慎しなきゃいけないらしい。
「…帰ろう」
そう言って、俺はふたりを促す。コロッケなんかどっか行った。お腹も空いてるはずなのに食欲ない。
伊藤くんと上原くんのマンションに俺もついてく。晩ご飯を一緒に食べたら自分の家に帰るつもりだったけど、帰りたくない。今日、ひとりでいるのはイヤだ。
重い雰囲気で、それぞれがいつもの場所に座る。
テレビもつけないで、だからと言って何か話すわけでもなく。俺も膝を抱え込むように座ってると、上原くんがハッと顔を上げテーブルに手をついてのろのろと立ち上がった。
「お腹空いてるよね。どうしよう。何かあったかな」
上原くんもショック受けてるはずなのに、俺がお腹空いてるって気遣ってくれる。
ありがとうって言わなきゃいけないけど、台所に立つ上原くんをほんやり見てた。
そして、伊藤くん。伊藤くんもじっと座り、心ここにあらずといった様子で何も話さない。
母様が病気で亡くなってたこと。
父様が自分で死ぬことを選んだこと。
ヨルがいなくなってからどんな生活してたのか、聞いたことない。あえて聞かなかった。だって、悲しかったに決まってるから。
だけどまさか…。
ぐるぐると頭の中でいろいろ渦巻く。優しかった父様。厳しかった父様。俺を見つけた伊藤くん。看病してくれたこと。テーマパークに行ったこと。
ぐるぐるして、何か言葉が出てきそうになった。その時。
「うどんできたよ」
上原くんがどんぶりをテーブルに並べてくれた。それに手を付ける前に。
「伊藤くん…」
ぼうっとしてる伊藤くんに声をかけた。すると、弱弱しく少しだけ顔を上げた。
「伊藤くんのこと、すきだよ」
突然の告白に、伊藤くんの眉がぴくりと動く。
「変な意味じゃなくてね。すきだよ。上原くんのことも、同じくらいすきだよ。こんな時でも、うどん作ってくれてありがとう」
上原くんにも視線を移して、しっかりと気持ちを伝える。そしたら上原くんは目をごしごしとこすってしまった。
「うん。うん」
俺も何だか涙が出てくる。上原くんの隣に移動して、上原くんに抱き着いて泣いてるのを隠した。バレバレかもしれないけど。上原くんも俺をよしよししながら鼻をすすってる。
そして。口を閉ざしていた伊藤くんも。
「ごめんな。何にも言わなくて。上原にも嘘吐いてた。病気で見送ったあと、そのうち俺も病気で…って言ってたけど。嘘だったんだ。本当のこと、言えなくて」
俺と上原くんは顔を上げ、伊藤くんの言葉を聞く。
「ヨルがいなくなったあと、必死で捜したんだ。お金もたくさん使って、悪い奴にでたらめな情報を高く買わされたりもした。そんな中、病気になって。医者に診せるのも薬買うのも…充分にしてやれなかった」
伊藤くんの目からも涙が落ちる。怖いこと苦しいこと悲しいことをを思い出させてしまっている。
「ひとりになって、正常な判断もできなくなって…。死ぬことを選んでしまった」
ヨルは消えて、母様は死んでしまって。父様はどれほど寂しかっただろう。
「もう大丈夫だからね。俺もいる。上原くんもいる」
伊藤くんを真ん中に、俺たちは三人でぎゅうぎゅうくっついて泣いた。前世は前世で終わったことかもしれない。
だけど今も悲しみや後悔は俺たちの中にある。それをどうやって昇華するのか分からない。三人一緒にいたら楽しいなって、それで済むのか済まないのか。
今、分からなくなってしまった。
それでも。
「うどん食べよう」
「おお。そうだな。のびちゃったかな」
「明日、コロッケ作ろうね」
のびたうどんを三人で食べたら、今日はそれでしあわせだって感じた。
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